恋するだけでは、終われない
第十五話
迎えた、土曜日の放課後。
藤峰先生に指定された、待ち合わせ場所は……。
なぜか、学校の最寄り駅の改札だった。
「お待たせー!」
「先生、その服すっごくかわいい〜」
都木先輩と高嶺が同時に大きな声でいうものだから、一瞬周囲の人々も振り返る。
いや、そもそもこのふたりと。
三藤月子、春香陽子を加えた制服四人組が駅前に揃っていただけでも、少なからぬ注目を浴びていたのに。
もうひとりが加わると、より華やかさが増している。
藤峰先生は二時間目の授業で見かけた白い服から、青いものに着替えていた。
何気なく視線で追っていたのに気がついたらしく、三藤先輩が僕のブレザーの裾を少し引っ張る。
「海原くん、先生のどこが気になるのかしら?」
「いえ、授業のときと服の色と形が変わったなぁ、って」
「なるほど、意外と見てるのね……」
珍しく素直に、三藤先輩が納得したらしい。
「で、ブルーストライプのシャツワンピース、海原くんは好きかしら?」
三藤先輩が僕に聞く。なるほど、服には色々な呼びかたがあるらしい。
まぁ、今度わたしも探してみようかしら……、という先輩の心の声までは、聞こえなかったのだけれど。
それにしても、藤峰先生の持っているあの大きな紙袋はいったいなんなんだ?
よく見ると、それらはデパートの隣にあるパン屋の袋で……。
えっ、じゃぁその格好で。もしかしてパン買ってきたの、先生?
「あら、ジェントルマンってステキよー」
紙袋を受け取りに行った僕に、いつもの接近ウインクが飛んでくる。
まぁ、ほら。
そのきれいめな服に、パン屋の紙袋三つはないだろう……と。
そう思って手を差し出しただけなんですけど、ね。ま、ここはありがたく感謝されておこう。
「きょうの海原君。いつもと違って随分親切なんだね?」
春香先輩が、なんだか含みのあるいいかたをする。
「ゴマスリでもしてるんじゃないの?」
「そ、そんなんじゃないからさ!」
高嶺が目を細めながら僕に突っかかる。
「まぁまぁふたりとも。なんかいいよね、やさしい海原君って」
都木先輩が、ニコリとして僕を助けてくれると同時に。
「まさか先生に『だけ』じゃないよね?」
妙な圧力をかけてくる……。
……それからわたしたちは、列車に乗ると。
海原くんやわたしたちが普段、登下校の乗り換えに使う駅にやってきた。
「ここで降りるんですか?」
「そうよ、月子ちゃん。このあと坂のぼったら着くからヨロシク!」
藤峰先生は、相変わらず上機嫌だ。
海原くんが気づくくらいの、鮮やかな私服姿に変身した先生は。きょうはとっても、かわいらしい。
駅前の改札を抜けると、高嶺さんが。
「そろそろセールかぁ〜」
柱の広告を見ながらつぶやいている。
「高嶺さんは、この駅で降りて買い物にきたりするの?」
「週末とかたまにですけど。かわいい服、以外と売ってますよ?」
わたしにしては珍しく、女子高生みたいな会話をしたわね、と思ったら。
「え、もしかして三藤先輩。オシャレとかに興味とか持っちゃったんですか?」
やっぱり……、聞かないほうがよかったかしら。
ただ高嶺さんも、少しは同じようなことを考えていたようで。
「藤峰先生って、なに着ても似合いそうでいいですよねぇ〜」
「そうね」
「あともうひとり、最近おしゃれな人を見た気がするんだけどなぁ……。覚えてません?」
おまけにまさか、もうひとつ同じことを考えていたなんて。
「ただ、思い出せないんですよねぇ〜」
高嶺さんはそんなことをいいながら、ちょっとセールの日程だけチェックしてきますと走っていく。
代わりに、最後尾をのんびり歩いていた陽子がやってきて。
「どうしたの、月子? 考えごと?」
「なんだか、キレイな人を思い出せなくて……」
「あの辺にいるけど、別の人?」
陽子の視線の先には、海原くんにちょっかいを出している藤峰先生と。あとひとり都木先輩がいて。
「あの『ふたり』じゃないわ」
わたしは思わず、そう陽子に答えてしまった。
……駅前のコンビニで、飲みものなどを買った僕たちは。
見た目よりも、以外と急な坂道を登っている。
「藤峰先生、五人の割に量がやたらと多くないですか?」
食べものに関して、センサーが反応した高嶺が質問する。
「まぁまぁ。海原君がいっぱい持ってくれているから、男手って助かるよねー」
都木先輩が、三藤先輩のカバンを持ちながら明るくいう。
本当は、都木先輩が僕のカバンを持つといってくれたのだけど。
「それは遠慮しておきます」
なぜか三藤先輩がかたくなに拒否し、自分のカバンを都木先輩に渡すと。
三藤先輩は僕のカバンと、パンの紙袋をひとつ受け持った。
ちなみにふたつ目の紙袋は、春香先輩が担当して。最後のパンの紙袋を高嶺がウキウキしながら運んでいる。
で、結果残りの重たい飲みもの一式は、僕がひとりで両手一杯に運んでいる。
「あともう少しよ。いやーまったくー。この坂はいつきてもキツイねぇ〜」
青い空に、先生の私服がよく映える。
くわえて学校で見るのとはまた違う先生の笑顔が、緑が息吹き始めた周囲の木々に、よく溶け込んでいる。
ふと、藤峰先生とは別の笑顔が僕の脳裏をよぎった。
……でも、いったい誰だろう?
うーん、確か最近の出来事のはず、なんだけど……。
僕は思わず高嶺をみる。するとさすが野生の勘、アイツもなにかを感じたようだ。
互いに口をひらこうとした、そのとき。
「海原くん、高嶺さん……」
珍しく三藤先輩が、ふたりを同時に呼ぶ。
どうやら先輩の表情から、ここには。
『僕たち三人』になにか共通するモノがあるようで。
でも、それっていったい……
「佳織ー、ひさしぶりーーーー。みんな、『坂の上』にようこそーーーーー!」
この坂の上には、高校があって。
そして校門の前では、あろうことか。
あの、朝の『謎の女性』が。
僕たちに向かって、大きく手を振っていた。