恋するだけでは、終われない
第十七話
「……あれ藤峰先生、海原は?」
「さっき美也と、追加の飲み物買いにいってくれたわよー」
「あと、三藤先輩は?」
「飲みたいものを伝え忘れたって、走っていったわ」
「そっか、先生。ありがとう」
「……あれ、由衣ちゃんどうしたの? あ、高尾先生。昴君とほかのふたりは?」
「三人とも、飲み物の買い出しにいったわよ」
「そっかぁ。先生、ありがとう」
「ねぇ藤峰先生。美也ちゃんと月子。それに海原君は?」
……たまりかねて、響子とわたしは笑いだす。
先に聞いた、ふたりを含め。
不思議そうな顔をして、三人がわたしたちを見る。
「ごめんごめん、だってね、みんなおんなじこと聞くからおかしくって……」
「でも、佳織。微妙に違ったわよ?」
「うーん、それもそうだねぇ……」
……高嶺由衣、赤根玲香、春香陽子の三人が再び波打ち際に戻っていくと。
高尾響子とわたしは、顔を見合わせながら少し真顔になる。
「ねぇ響子。実際のところ、毎朝どうなのよ?」
「佳織のほうこそ。学校でどうなの?」
「なんか、参戦する人数増えてない?」
「わたしも、増えてる気がするの」
「こりゃぁ、困りましたなぁ〜」
「ま、見守っていくしかないよねぇ……」
ふたりとも、思うところは色々ある。
ただ、結局出る答えは。
まったく予想がつかず難しいよね、なのだけれど……。
それから、しばらくすると。
遠目に海原昴と、ほかのふたりが戻ってくるのが見える。
「……大人の分は、保冷バッグに入れておきますよ」
さすが美也は、気が利くねぇ……って。
えっ……?
「藤峰先生、どうかしました?」
「……な、なんでもないよ。あ、ありがと」
月子ちゃんはひとりで、波打ち際で飲み物を配っている。
きっとあの子は、美也の涙の乾いた痕に気がついて。
……ほかのみんなに、気づかれないようにしてあげたのだろう。
……おやつの時間を、過ぎた頃になると。
海辺に吹く風が、少し冷たくなってきた。
「寒くなる前に、戻りましょうか?」
僕の提案に、みんなが名残惜しそうに店じまいをはじめる。
「またきたいね」
誰かがいうと、別の誰かが答えていく。
「明日でもオッケー!」
「明後日も、その先もずっとここでもいいかも!」
「日焼けするわよ……」
「それでも、みんなといられるならそれでいいよ!」
ふと、藤峰先生と目が合って。
「そうだ。帰る前に、もう一度写真を撮りましょう!」
僕が提案すると、先生が親指を立ててから。
無駄に、右目でウインクしてきた。
「それなら海原君。せっかくだからセンターに立たない?で、あとの場所は……」
「じゃんけん一択ですよ、都木先輩」
三藤先輩が、なぜか一歩も譲らない、というオーラを出しながら提案する。
……さらに、不思議だったのは。
いつもなら、じゃぁわたしは端のほうでいいや!
そう笑って答えそうな、都木先輩が。
「負けないからね!」
そういって、真っ向から勝負に挑んだことだ。
「じゃぁさ。これが昴くんでしょ〜」
玲香ちゃんが砂の上に、僕に見立てた石を置き。
それを囲むように、小枝で番号をふっていく。
「勝った人から、並ぶからね」
ルールが決まると、なぜか先生たちも譲らず。
本気のじゃんけん大会が、始まった。
誰かが、三枚撮るといい出して。
結局『大会』を、三回も行う羽目になった。
……よくわからないけれど、みんなが『一番』を目指していて。
雄叫びと、悲鳴と、笑い声が。
太陽がゆっくりと傾きかける頃まで。
ずっとずっと、浜辺に響き続けた。
「みんな、乗りましたね」
……帰りのバスに、僕が最後に乗車すると。
みんなから少し離れた座席に座った、僕の隣に。
「お邪魔するね!」
意表をついて、春香先輩がやってきた。
だが、これが先輩のキャラのなせる技なのか、誰も文句をいわない。
「ちょっと汗かいてて、ごめんね〜」
そういいながらハンカチでパタパタと仰ぐ春香先輩が、こちらを向いて笑っている。
ふと思ったのだが、春香先輩の隣に座るのって実は……。
これが初めてかもしれない。
「海原君、前にも少し伝えたけれど。改めて、ありがとう」
先輩はやさしい声で、そう告げる。
僕が少し、意外そうな顔をしたからか。
「ほら、わたしたちって変な始まりかたしたでしょ?」
春香先輩とは……、確かに妙な出会いだったと思い出す。
「だから、ごめんっていうか。そんなことも含めてありがとうって伝えたかったの」
「い、いえこちらこそ。これからもよろしくお願いします」
「うん。あ、あとね……」
他にも、なにかいいかけた先輩の顔が。
夕陽に照らされて、少し赤く染まってから。
……あれ?
しばらく待っても。
特になにも、言葉が続いてこない。
……ふと、僕の左肩に、ゆっくりと重みが増してきて。
やや潮が混ざったやさしいブーケの香りを、近くに感じて。
えっ?
念のため、そのままの体制で。どうにか横顔をのぞいてみると。
え、ええっ……。
みんなの『おもり役』で、疲れてしまったのだろうか?
なんと春香先輩は。
いつのまにか……、寝てしまっていた。
偶然こちらに頭の傾いた先輩を、僕は起こさないように注意しながら。
つい気になって、うしろのほうを見る。
藤峰先生と高尾先生は仲良く寄り添いながら、最後列で寝ているらしい。
ひとつ前の列で、玲香ちゃんと高嶺も。
まるで座った瞬間に寝ました、みたいな感じになっている。
そして都木先輩と三藤先輩は、別々の座席に座っていて……。やっぱり、頭が下がっている。
きっと、春香先輩は本来。
あのどちらかの席に座って、休憩するはずだったのだろう。
「わざわざ、お疲れのところすいません」
そんなに僕に気をつかってくれなくてもよかったのに。
眠っている春香先輩に、そんな声をかけながら。
まさか、本当はこのうちの何人かが『狸寝入り』だったなんて。
……当時の僕には、知る由もなかった。
駅に戻ると、さすがに本来の目的だったはずの。
備品を買いにいく時間は残っていない。
「まぁ、買い物はいつでもできるもんね!」
誰かがいったのだけれど。
このときばかりは、みんな同じことを考えただろう。
そのあとはみんな、きょうの思い出を胸に家路についた。
……伝えられた思いも、口にできなかった想いもあるけれど。
僕たちがそろった一日は、こうして。
さまざまな余韻を残しながら。
静かに、幕を下ろした。