歪んだ月が愛しくて2
「だからお願い。もし何か掴んだとしても放って置いて欲しい。何もしないで、何も聞かなかったことにして」
「……約束は出来ない」
「これは俺の問題なんだよ!アンタには関係ない!」
「………」
関係ない。
会長には関係ないんだ。
巻き込みたくない一心で会長の手を振り払おうとした。
その時。
「なーにが関係ないって?」
それはこの場の雰囲気に似つかわしくない暢気な声だった。
その声は俺の背後から聞こえて来た。
「……あ、びこ?」
「よお、この間ぶりだな。その学ランよく似合ってんじゃん」
声を掛けられるまで我孫子の存在に気付かなかった。
気配も足音さえしなかった。
鼠が潜り込んだこの状況で何油断してんだか。
本当色々と緩みっぱなしだな、俺…。
「何の用だ?」
「これはこれは我らが覇王様じゃねぇか。ご機嫌麗しゅうことで。てか何この状況?密会?逢引?それなら人払いくらいしとけよな」
「人の話を聞け」
「つーかよ、立夏って王様ともそう言う関係なわけ?」
「「も?」」
「だってこの間屋上で抱き合ってたよな、九條院と」
「……は、」
「あ?」
抱き合ってた?
アゲハと?
屋上で?
………あ。
「……聞いてた?」
「“君を忘れられなかった”とか“僕等なら君の力になれる…”とか何とか熱烈に口説かれてたよな。流石の俺でも気まずくて入って行けなかったわ」
マジか。
後半全部聞いてんじゃん。
「あの野郎…」
チッと、会長の舌打ちが聞こえる。
え、何で?
舌打ちしたいのは俺の方なんだけど。
「で、立夏の本命はどっちなんだよ?」
こっちはこっちで変に勘繰ってるし、面倒臭ぇな。
「アンタ暇なの?喧嘩売りに来たなら買うけど?」
「暇じゃねぇよ。俺はこう見えても運営側の人間だぜ。飯食う暇もないから仕方なく一服しに来たの」
「ヤニ食わないで飯食えよ」
「お、上手いこと言うねぇ」
「言ってねぇよ」
不味いな。
アゲハとの話を聞かれたとなると。
「それにしてもあの九條院が“B2”のトップ様だったとはね」
(厄介だな…)
「……何が言いたい?」
「いやさ、もしお前の本命が九條院じゃなかったら2人はどう言う関係なのかと思ってよ」
「ただの先輩後輩」
「またまた〜。ただの先輩後輩は人目を避けて屋上で抱き合ったりしねぇよ」
「ノリ」
「は?」
「え、何で会長が怒ってんの?」
「……怒ってねぇよ」
いやいや、怒ってるよ!
バリバリ不機嫌じゃん!
「じゃあ俺もハグしていいよな、ただの先輩だし」
「おい」
「嫌だよ。何が楽しくてアンタとハグしなきゃいけないんだよ」
「でも九條院とはしてたじゃん、ただの先輩なのに」
「だから、あれは……滅多にするわけじゃないし、ノリみたいなもんだし、感極まってしちゃった感じだから…」
「滅多にしない?立夏って“B2”じゃねぇの?」
「違ぇよ」
やっぱりあれを聞いてたらそう思うよな。
誤解されても仕方ないか。
でも何でGDの我孫子が“B2”を警戒するのか分からない。
聖学で好き勝手やるために邪魔な存在だとしてもそもそも“B2”であることを公言しているのは頼稀だけだからチームとして動くことは出来ない。
鎖で繋がれた飼い犬も同然。大して警戒する必要はないと思っていたが。
……いや、違う。
我孫子が警戒してるのは“B2”じゃない。
「なーんだ、てっきり立夏は“蝶”の子飼いかと思ったのになぁ」
―――俺か。