歪んだ月が愛しくて2



頼稀Side





管理人室に漂う肌を刺すようなピリピリとした緊張感。

そこはいつにも増して密度が高かった。



「―――で、また立夏を見失ったと?」



あくまで自主的にフローリングの上で正座する汐と遊馬の姿を見下ろして冷たく言い放つ。



「ち、違うんだよ頼稀くん!今日は藤岡くんが調子悪いって言ってたからそれで…っ」

「そんな彼に無理強いしてまで教室に留めて置くことは出来ませんよ。それに見失ったわけじゃありませんしね」

「そうそう!ちゃんと藤岡くんが中央棟に入って行くところまで確認し……痛っ!」

「バカかお前は。何で学生棟じゃなくて中央棟なんだよ。どう考えても体調悪いってのは嘘に決まってんだろうが」

「あ、そっか」

「汐、気付いてなかったの?やっぱりバカ?知ってたけど」

「そ、そう言う遊馬はどうなんだよ!?藤岡くんのこと止めなかったくせに!」

「汐と一緒にしないでよ。俺は誰かさんと違って藤岡くんに対して感情移入してないからすぐに気付いたよ」

「か、感情移入って何だよ!?」

「さあね。自分で考えてみれば」

「遊馬、お前な…っ」

「ガキみたいなこと言ってんじゃねぇよ。お前等は自分の任務を全うしろ。あの人に言われたことを忘れたのか?」

「そ、それは…」

「忘れてませんよ。それが俺達に与えられた任務ですから」



スッと目を細める、遊馬。
その強い眼差しに初めて会った時のことを思い出した。



「……それならいい」



遊馬は大丈夫だ。
どんな状況下でも決して周りに流されず、己の役割をきちんと理解している。
それに比べて汐はすっかり立夏に骨抜きにされて、頼みの綱の遊馬も全然汐を止める気がない。寧ろ面白がってるように見える。
この2人を立夏の護衛に付けたのは間違いだったのかもしれない。
でも2人にしか頼めなかったのも事実で、しかもあろうことかあの人自ら選抜した人選を俺の独断で変えることは出来なかった。



「相変わらず頼稀はスパルタだね」



ガチャと、扉を開く音がする。

噂をすれば影とはよく言ったものだ。



(まあ、影は俺の方だが…)



「総長!」

「いらしてたんですか…」

「今日は僕の当番だからね」



そう言ってアゲハさんは上品に微笑んだ。
でも俺の心はその表情と打って変わりどんよりと曇っていた。



「スパルタじゃなくて教育です。コイツ等には立夏の護衛役としての自覚が足りなんですよ」

「そうかい?彼等はよくやってくれていると思うが」

「総長ぉ〜!!」

「ありがとうございます」

「はぁ…。貴方がそうやって甘やかすからコイツ等が学習しないんです。分かってるんですか?貴方が立夏に護衛を付けると言うから、貴方の護衛を3人から俺だけにして残りのコイツ等を立夏に当てたんですよ」

「分かっているとも。でも君なら僕の考えを僕以上に理解してくれるだろう。僕が何故駒鳥に護衛を付けたか、君ならもう分かってるだろう?」

「……分かってますよ」



この現状を打破するのは簡単なことじゃない。
もう俺だけではどうにも出来ないところまで来ていた。
だからこそ俺達は汐達を巻き込んでまでも立夏を守ろうとしている。
そんな無茶振り、普通なら汐達だって従わないと思っていたが、どうやら汐達を見縊っていたらしい。
家族のため、仲間のため、そして愛する者のためならどんなことだってする、そんな主に惹かれているのは俺だけではなかった。



「僕はね、駒鳥が大切にして来たものを守りたいんだよ。まあ、出来ることなら駒鳥自身も守りたいんだが、それは彼が許してくれそうにないからね。……だから、駒鳥の望みを叶えることにしたんだ」

「藤岡くんの、望み…」

「………」

「君達にはそれを手伝ってもらいたい。僕と一緒に…、僕のためにもう一度飛んでくれないかい?」



その声は、凛としたテノール。

聞いた者を無条件に従わせるような甘美で、即効性のある毒。





「僕の愛らしい蝶々達よ」





それでいて、酷く威圧的な声だった。


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