歪んだ月が愛しくて2
立夏Side
カナが聖学に転入して数日が経った。
未だ接触はしていない。
きっと俺が望まない限り会うことはないと思う。
でも逃げないって決めた手前、このままじゃダメだと言うことは分かっている。
自分から動かなければ何も変わらないと言うことも。
(ずっと、あの頃のまま…)
バンッ、と。
机を叩く音に顔を上げる。
目の前には何故か切羽詰ったようなエンジェル葵がいた。
「立夏くんお願い!僕…、もう立夏くん以外に頼る人がいないんだ!」
「あ、おい…」
葵は俺の両手をギュッと握り締めて大きな瞳を潤ませる。
その瞳は一目見ても分かるほど切羽詰まっていて、何とも言えない緊張感を漂わせていた。
でも…、
「……ごめん、何の話?」
斯く言う俺は葵が何を言っているのか、さっぱり分からなかった。
「ねぇ、ミニマムズが何かやってるけど?」
「寸劇?」
「漫才じゃね?」
「どう見ても違うだろう」
「一々大袈裟なんだよ。たかが体育祭の実行委員会に出席するくらいで」
「……は?」
実行委員会?
「お願い!僕、今日はどうしても実家に帰らなきゃいけなくて!」
「あー…」
つまり俺が葵の代わりにその実行委員会とやらに参加すればいいわけね。
確かに頼稀と希の言うようにちょっと大袈裟だと思うが、他ならぬ葵の頼みならそのくらいお安い御用だ。
「え、アオ実家に帰るの?」
「しかもこれからって急だね」
「……何かあったのか?」
「う、うん。ちょっと約束があって…」
そう言ってニコッと微笑む葵だが、その口元はどこか引き攣ってるように見えた。
「……怪しい」
「えっ!?」
真っ先に指摘したのは、意外にも未空だった。
「はっはーん、さては男だな。アオも隅に置けないな♡」
「なっ!?」
「はぁああああ!エンジェルに男!?何それ!聞いてないんだけど!」
「お前に許可される筋合いはないと思うが」
「許可いる!絶対!」
「標語か?」
「む、武藤に男…、ま、負けた…」
「ち、違うよ!そう言うのじゃなくて、本当に用事があって!」
「彼氏とデート?」
「やっぱり葵はモテんだな」
「もう遊馬くんと汐くんまで!そんなんじゃないんだってば!」
「葵って恋人いたんだ」
「ちがっ」
「あ、顔真っ赤」
「~っ!!」
首まで赤くなって、可愛い。
何か林檎みた…―――
『……林檎みてぇだな』
「っ、」
わあぁぁあああ、会長のバカ野郎ぉおおお!!
変なこと思い出させんじゃねぇよ!!
「何でお前が照れてんだよ?」
「し、知らねぇ!」