歪んだ月が愛しくて2

見舞い




汐Side





どうしてこうなった…。





「………ヤバ、こんな美味しい肉初めて食った」

「本当だ、結構美味しいねここ」

「俺、この肉なら歯がなくても食えると思う」

「りっちゃん、その歳で入れ歯宣言ってどうなのよ」

「そのくらい美味しいと言うことですよね」

「気に入ったか?」

「うんっ!スゲー美味しいよ!ありがとう会長!」

「俺じゃなくてお前のチケットがあったからこそだろう」

「まだそれ言う?じゃあそう言うことにしといてあげるよ」

「ハッ、偉そうに」



そう言ってさも当然のように立夏くんの頭を撫でる神代会長は、昼飯そっちのけで立夏くんに熱い視線を送っていた。



よしよし…、じゃねぇよ。

気安く立夏くんに触るな。



今日は朝からずっとイライラしていた。
昨日の今日だから未空が立夏くんの部屋に泊まったことは大目に見てやったけど、だからって何で同じベッドで寝てんだよ。
しかも朝っぱらから立夏くんの寝込みを襲った挙句キスマークまで付けて、終いには自分がやったことを正当化して自分だけが立夏くんに許されたみたいな顔して開き直りやがった。



クソ、何が“俺のものって証”だ。

未空の奴、立夏くんに無断で勝手に付けたくせに何彼氏気取りしてんだよ。

あの保健医と何があったか知らねぇけど、少しでも未空に同情した俺がバカだった。



まあ、未空が立夏くんにベッタリなのはいつものことだし、立夏くんも未空のことをただの友達としか思ってないっぽいから一々目くじらを立てる必要はないのかもしれないけど、覇王を連れて来た時はマジでコイツ有り得ねぇって思った。
よりによって覇王を連れて来るとか何考えてんだよ。
しかも連れて来るだけ連れて来て後は放置だからこれ幸いと神代会長が立夏くんに迫るわ、知らない間に妙な雰囲気になってるわ、昼飯の場所でも常に神代会長と未空が立夏くんの隣をキープしてるから立夏くんに全然近付けねぇし、それでも立夏くんの傍に行こうとすると何故か神代会長に睨まれるわで、発散出来ずに胸に燻ったままの気持ちは増幅する一方だった。



(立夏くんの護衛は俺達だって言うのに…)



本来なら護衛である俺と遊馬が立夏くんの一番近くにいなければいけないと言うのに、覇王は俺達が“B2”で尚且つ立夏くんの護衛だと言うことを知っていながらも我が物顔で立夏くんの隣を独占している。



俺はそれが何よりも気に食わない。



覇王の影響力は理解しているつもりだ。
でも所詮は金と権力で幅利かせてるだけの連中だし、今の立夏くんにとって必要な存在だとは思えない。
いや、寧ろ邪魔な存在と言っても過言ではないかもしれない。
何故なら今の立夏くんに必要なのは、金や権力ではない純粋な力だからだ。
腕っ節の強さも然り、俺達が生きる夜の世界での力が求められている。
その力の一つが“B2”である俺達だ。
この先、立夏くんが何をしようとしているのか本人の口から聞いたことはないからはっきりとは分からないけど、きっと“B2”の存在は立夏くんの強みになるはずだし、即戦力としても申し分ないと自負している。
それが“B2”と覇王の決定的な違いであり、即戦力にならない覇王が邪魔な存在だと言える根拠だった。



「……それ、いい加減やめろよ」



俺の隣の席に座る遊馬が箸を止めて小さな声で話し掛けて来た。
因みに昼飯は焼肉から鉄板焼きに変更となり、20人弱は入れるであろう広めの個室に通され、円形のテーブルの真ん中にいる2人のシェフが目の前で新鮮な肉や魚介類を焼き上げ出来立ての状態で提供してくれていた。
料理の味は悪くない。明治時代から続く老舗なだけあって内観を彩る装飾品の数々も上等なものばかりだ。
遊馬んとこと良い勝負だな。



「それって?」

「覇王を…、主に神代会長を睨み付けながら飯食うのはやめろって言ってんだよ。折角の料理が不味くなるだろう」

「え゛っ!?」

「気付かれてないと思ってんだろうけど、そう思ってんのはお前だけだからな。神代会長も……ほら、立夏くんだって気を遣ってくれてるし」

「マジだ…」



立夏くんは俺と目が合った途端、ニコッと口元に弧を描きながら俺に向かって手を振ってくれた。
気まずい雰囲気を微塵も感じさせない立夏くんはやっぱり周りをよく見ている人で、それと同時に遊馬の言っていたことが全て事実だと思い知らされた。


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