歪んだ月が愛しくて2
「神代様、本日はようこそお越し下さいました。私は支配人の鈴木でございます。何なりとお申し付け下さいませ」
支配人って一番偉い人だよね?
そんな人が態々挨拶に…、しかも出迎えにまで来ちゃうなんて流石は神代財閥。
陽嗣先輩が言ってたように店側にもメリットがあるって言うのは本当みたいだな。
「立夏、チケットを」
「あ、はいっ」
会長は折角挨拶してくれた支配人に目もくれず俺を手招きすると景品のチケットを出すように言った。
会長にチケットを手渡すと会長はそれを支配人の掌に乗せて何故か宣言するかのように言い放った。
「早速だが、これでここにいる全員分の昼飯を用意してくれ」
「畏まりました」
支配人は会長の無茶振りに嫌な顔一つすることなく、まるで示し合わせたかのように自然な対応を見せた。
いくら俺でもこのチケットがこんな料亭みたいなところで使えるものじゃないと言うことも、1人2980円で会計が済むはずがないと言うことも分かる。
でもそれを微塵も感じさせない支配人は流石プロだなって思うし、会長も無駄に堂々としてるものだから茶々を入れる気すら起きなかった。
それに折角会長がお膳立てしてくれたのに俺がぶち壊すわけにはいかない。
(物凄く分かり難いけど、それが会長の優しさなんだよな…)
「なあ、言った通りだったっしょ?」
「やっぱみーこに全部持ってかれた…」
「おや、尊にしては中々センスが良い店を選びましたね」
「センスが良いって…、ここどう見てもVIP御用達の店ですよね?」
「ここ本店は厳格な紹介制で政財界の要人が愛用する日本三大料亭の一つですからね。料理だけでなく店構えや内観も楽しめると思いますよ」
「へぇっ!?そ、そんな凄い店なんですか!?」
「うわぁ、スゲー!俺こんな店初めて来た!」
「ぼ、僕だってそうだよっ。どうしよう、こんな服で来ちゃったけど大丈夫かな…」
「きっと個室だから大丈夫でしょう。それよりも尊様と同じ空間で食事する方が緊張して吐きそう…」
「意外だな。お前ならもっとバカみたいに喜ぶと思ったのに」
「そう言う汐は機嫌悪そうだけど……あ、そっか。立夏くんに格好良いところ見せられなくていじけてるのか、ドンマイ」
「お、おお俺は別にそんなんじゃ…っ」
「ああ!!汐またリカのことヤラシイ目で見てただろう!!」
「バ、バッカ!俺がいつ立夏くんをそう言う目で見たんだよ!?適当なこと言うんじゃねぇよ!!」
「へぇ…、リカの首に付けたキスマーク見て暴走したのはどこのどいつだったかな〜?」
「ゔっ、そ、それは…」
「……テメー等、それ以上一言でも発したら締め出すぞ」
会長が叶えてくれたのは俺の願いだけじゃない。
だから会長の優しさが自分だけに向けられてるなんて勘違いはしない。
「立夏、行くぞ」
こんな風に手を差し出されてもきっとそれは俺だけじゃない。
沢山いる内の1人で、それが偶々俺だっただけ。
でも自覚した感情が邪魔をして俺の脳を麻痺させる。
「……ありがとう、会長」
「ああ」
この手を差し出されるのも、この手を取れるのも俺だけであればいいのに。
そんな世迷い言を一瞬でも考えてしまった自分が恥ずかしい。
……ここまで来たらもうダメだ。
もう観念するしかない。
どんなに足掻いても、どんなに否定しても、誰にも暴かれない心の中でみっともなく叫んでいる。
(会長のことが好きだ。どうしようもなく…)