歪んだ月が愛しくて2
2匹の獣と、1匹の特別
立夏Side
コンコンコン
事務所の外からノック音が聞こえる。
ガタッと音を立ててパイプ椅子から立ち上がった店長は「もう着いたか…」と呟きながらドアを開けて訪問者を招き入れた。
「お待ちしていました。さあ、どうぞ中へ」
店長の嬉々とした声が室内に充満する。
どうやら訪問者は店長が待ち焦がれていた人物のようだ。
でも俺が顔を上げることはなかった。
「―――コイツか」
その声に、息を飲んだ。
足音がゆっくりと近付いて来て、俺のすぐ横で止まった。
無意識にキャップを深く被り直した。
「はい。電話でお話しした通り、このクソガキがうちの備品をぶっ壊したんで弁償させようと思いましてね。まあ、本人はそれほど反抗的な奴じゃないんですけどコイツの連れが煩くて…。何せ相手は未成年のガキですから、社会ってもんを全く知らない上に口だけは達者で、」
「御託はいい。壊した物の代金は?」
「は、はいっ、大体200万程かと…」
顔が上げられない。
どうしても、顔が見れない。
だって、俺は、この声を知っている。
この声を、聞き間違えるはずがない。
「なら、これで足りるな」
ガンッと重そうな音を立てて、目の前のテーブルの上に大きめのアタッシュケースが置かれる。
男がアタッシュケースを開くと、中には札束がびっしりと敷き詰められていた。
「ここに1000万ある。これで壊れたもんを修理するなり買い換えるなり好きに使え」
「………は、い?」
「ああ、それと残りは口止め料だ」
「く、ち止め料、とは…」
すぐ横にいる男が、床に片膝を付いて俺に懇願するような視線を送っているのが分かる。
それでも目を合わせることが出来なかった。
合わせる顔がない。
どの面下げて、何て声を掛けていいのか分からない。
それでも男の視線が俺から逸れることはなかった。
「―――ずっと、待ってた」
男の手が、俺の手を取って自身の額に持っていく。
ああ、初めて会った時のあの凶暴な獣はどこへ行ったのか。
まるで懇願するように悲壮感を漂わすその仕草からは、俺を殺そうと襲って来た子供と同一人物とは思えなかった。
ただその瞳は、
俺を捕らえて離さない鳶色の瞳は、あの頃から何一つ変わらない。
……もう、観念するしかない。
ここまで来たらもう逃げられない。
目の前いる獣は一見従順そうに見えるが、獲物を易々と見逃すようなそんな甘い男ではないのだから。
「ずっと、ずっと会いたかった、―――シロっ」
……ほらね。
そうやって俺を逃がさないように、今にも泣きそうな顔をして甘い言葉で俺を縛り付けるんだ。
「―――ただいま、ナツ」