歪んだ月が愛しくて2



「……、一旦ここを出るぞ」



コツンと、どこかで足音が聞こえた気がする。



「はぁ!?みーこ何言ってんの!?リカがまだ中にいるんだよ!?」

「おいおい、さっきとは偉く真逆な反応じゃねぇの。どう言う心境の変化だよ」

「……何かあったんですか?」

「問題ない」

「問題ないって何!?それ全然答えになってねぇから!!てかみーこがそんな風に言う時って大抵何かあった時じゃん!!」

「ふぅまくん、うちの王様になぁに入れ知恵してくれちゃったのかな〜?」

「さっき未空に言ったようなことですよ。立夏のためにも悪目立ちするのは良くないってね」

「それでもここに立夏くん1人を残して全員で捌けるのはどうかと思いますが…」

「ここには風魔が残る。俺等は車の中で待機だ」

「ちょっと待ってよ!尚更納得出来ねぇよ!何で頼稀は良くて俺達はダメなわけ!?俺だってリカのことが心配だから一緒に残らせてよ!!」

「1人で十分だ」

「そう言うことじゃねぇよ!俺はリカのことが心配だから傍にいたいって言ってんの!」

「………」

「まあ未空もこう言ってることだし、1人増えたって大して変わんねぇんじゃ…「ダメだ」



―――コツン。



聞き間違えじゃない。

どこかで足音が聞こえる。



「お前は俺と来い」

「っ、……い、やだよ!!俺はここでリカを待ってる!!みーことは行かない!!」

「ダメだ」

「だから何で…っ、」



ギュッと、みーこが俺の腕を掴んで行く手を阻む。



「……頼む。今は、俺に従ってくれ」

「、」



本当に珍しい。

みーこが動揺してるのも、みーこがそんな切羽詰まった顔を見せるのも。



……何で?

何でそんな顔するの?



ねぇ、頼稀に何を言われたの?



嫌な感じがする。



だってさ、みーこがそんな顔するってことはきっとリカ関係のことなんでしょう?

リカに何かあったってこと?

だから頼稀の言うことに従ってこの場から離れようとしているの?



『来て欲しく、なかった、のに…っ』



途端、ゾッとしたものが背筋に伝う。
体育祭の記憶が…、リカを危険な目に合わせたあの日の記憶が蘇る。
目に見えない何かに押し潰されそうで怖くて堪らなくて、無意識にみーこの腕をギュッと掴む。



(またリカに何かあったら、俺は…っ)



『極端なんだよお前は。てかお前のそれ、日に日にヤバい方向に行ってるって気付いてんのか?』



……気付いてたよ。



自分がヤバいことなんてとっくに自覚済みだ。

体育祭辺りから自分の感情が制御出来なくなっていた。



だって不安なんだ。



あの日、血塗れのリカを見てから、酷く傷付いた泣きそうな顔を見てから、みーこの腕の中でぐったりとするリカを見てから。

ずっとずっと胸に燻る不安が消えてくれない。



リカが傍にいないとダメなんだ。

目に見えないものに押し潰されそうで苦しいんだ。

苦しくて、不安で、呼吸が出来ないんだよ。



―――コツン。



ねぇ、みーこなら分かるでしょう?

俺の気持ち、みーこなら分かってくれるよね?

あの日、俺を迎えに来てくれたみーこなら俺の不安を取り除いてくれるよね?



……お願い。

また、あの日のように、



『―――迎えに来た』



俺を、安心させてよ…。



―――コツン。



ああ、煩いな。



フローリングの床にやけに響く足音が邪魔をして俺の思考を遮ろうとする。



………あれ?

何で、足音だけ?



ここはゲーセンなのに喧しいはずのBGMが全然耳に入って来ない。
聞こえるのは徐々に大きくなる足音だけ。



そんな疑問が浮かび上がった次の瞬間、コツンと俺のすぐ後ろで足音が止んだ。



途端、頼稀の目が大きく見開かれた。
すぐ近くにいたみーこも、ヨージも、九ちゃんも、俺の後ろを見つめて驚いた表情を見せた。
みーこの唇が「お、まえ…」と声なき声を零しながら動いた。
妙な緊張感を漂わせながらゆっくりと後ろを振り向く。



最初に目に飛び込んで来たのは黒だった。
でも真っ黒じゃない。
さらりとしたアッシュグリーンの髪の隙間からやけに挑発的な鳶色の瞳が鋭く目を細めた。





「―――邪魔」





………だ、れ?


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