公爵様の偏愛〜婚約破棄を目指して記憶喪失のふりをした私を年下公爵様は逃がさない〜
「その顔は信じていませんね? 私が読んだ小説では──」
「もう、また物語の話? 物語と現実は違うのよ」
「お嬢様はすぐそう言いますけど、以前は私の話を信じてルーカス様の気を引こうとしたではありませんか。わざわざ記憶喪失のふりまでして」
「それは…」
マリアの言葉に思わず口をつぐむ。
以前、私はマリアが読んだ小説に影響を受け、『多忙なルーカスの気を引きたくて』記憶喪失のふりをした。まあ、結局、最初からルーカスにはバレていたのだけど。
「あの時のことを思い出すと、とても恥ずかしいわ。お父様とお母様にも全部正直に話すことになったし…あと、公爵夫妻にも」
「………たしか、ルーカス様と二人でお話しされたのでしたっけ。それにしても、旦那様と奥様はともかく、公爵夫妻がよくお嬢様の嘘を許してくれましたね」
「ああ、それはルーカスが事前に色々と話してくれたみたいで。私が謝りに行った時には、二人とも笑って許してくれたの」
むしろ、そこまでルーカスのことを想ってくれて嬉しいとまで言われてしまった。
嘘がバレた時は婚約解消されるかもしれないと怯えていたが、何とかその後もルーカスとの婚約関係は続いている。
「さすが、ルーカス様ですね」
マリアの言葉に頷く。
それにしても、小説に影響されたとはいえ、婚約者の気を引きたくて記憶喪失のふりをするというのは、我ながらどうかしていた。
運良く周りの人達の優しさで何となったが、もしものことを考えると恐ろしい。
「恋って怖いわねぇ。変な噂にもなりかねないし、最悪婚約解消になっていたかもしれないのにあんな事するなんて……ルーカスはその辺は大丈夫だって言っていたけど、本当かしら?」
「……ルーカス様がそう言うなら大丈夫になるのでしょう、きっと」
そう言ったマリアの表情は、どこか暗い。その様子に少し違和感を覚えたが、彼女がパッと表情を切り替えたので、私も何も聞かなかった。