今夜0時、輝く桜の木の下で
「そっから紺とは小学校でもずっと仲良くて、そのまま中学も一緒で……で、中二の終わりくらいかな。シローに会ったのは」
咲夜が頷く。
「シローくんは中学別だったんだよね?」
「そう。もう、本当偶然だったんだけど……」
キラの視線が、遠くを見るように細くなる。
——
キラと紺の通学路には、有名な学習塾があった。
進学率が高いことで知られている、いわゆる“優秀な子”が通う塾だ。
その日、二人が塾の前を通りかかった時、塾の入口の前で、一人の少年が三人の生徒に向かって訴えていた。
「返して」
冷静な声だった。
三人のうちの一人が、面倒くさそうに眉をひそめる。
「は? 何?」
「俺のノート返して」
「マジでなんのこと言ってるかわからないんだけど」
少年は少しだけ眉を寄せた。
「何が気に入らないの」
三人は顔を見合わせる。
「俺ら授業あるからもういい?」
「こんなことする奴らじゃなかったじゃん」
少年の声には悲しみが滲んでいた。
その言葉に、三人の表情がわずかに変わる。
「マジで何言ってんの。もう行くわ」
「机に置きっぱにしてたら誰でも取れるでしょ」
「人疑う前に自己管理しっかりしろよ」
そう言い捨てて、三人は塾の中へ入っていった。
残された少年は、しばらくその扉を見ていた。
その様子を、紺は黙って見つめていた。
キラはその袖を引く。
「紺」
紺は動かない。
「気になるのはわかるけど行こう。あそこの私立の奴らは俺らにはどうしようもできないって」
少年たちが着ていた制服は、某有名大学への進学率が高い私立高校の附属中学高のものだった。
関わる世界が違う。
キラはそう思っていた。
紺は少しだけ迷うように視線を向けたあと、ようやく歩き出す。
その瞬間だった。
少年が顔を上げた。
紺と、目が合う。
少年はしばらく二人を見つめていたが、やがて目を逸らし、そのまま歩き去っていった。
——
「キラくんが紺くん止めるの、ちょっと意外かも」
咲夜がそう言うと、キラは苦笑した。
「中学もヤンチャだったし、関わるのって、お互い良いことないっていうか……」
少し言葉を探す。
「さすがに俺も、それくらいは分かってたっていうか」
そして、キラは続ける。
「……で、何日かたって」
また、いつもの帰り道だった。
紺とキラはコンビニに立ち寄って肉まんをそれぞれ購入した。
本当は中学生の買い食いは禁止されていたが、そんなルールを気にする二人でもない。
店の外のベンチで食べようとすると、ベンチの端に一人座っていた。
俯いている。
キラは思わず声を出す。
「マジか」
その声に反応して、少年が顔を上げた。
塾の前で見た、あの少年だった。
少年は紺とキラを見て、少し驚いたような顔をする。
紺は、何でもない調子で言った。
「肉まん食う?」
そして続ける。
「買ってきてやろうか?」
キラはその言葉に動揺し、思わず紺の顔を見た。
少年も少し戸惑ったように聞く。
「いいの?」
紺は軽く頷いた。
「おう」
そして紺は右手を少年に差し出す。
少年ははその手を見て、首を傾げた。
「二百円」
紺の言葉に一瞬、沈黙が落ちる。
少年が小さく笑った。
「あ、そういうこと?」
「うん」
紺は少し申し訳なさそうに言う。
「ごめん、俺、金なくて」
あまりにも自然なやり取りで、キラは吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
少年はポケットから小銭を取り出す。
「はい、お願い」
紺はそれを受け取り、軽く頷いた。
「おう。ちょっと待ってて」
そう言って、コンビニの中へ入っていく。
キラと少年の二人は店の外に残された。
キラはさっきまで堪えていた笑いを、ぐっと飲み込む。
猫が店の前をゆっくり歩いていった。
二人とも、何も言わない。
妙に長い沈黙。
紺が戻ってくるまでの数分間。
二人の間には、なんとも言えない気まずい空気が漂っていた。
咲夜が頷く。
「シローくんは中学別だったんだよね?」
「そう。もう、本当偶然だったんだけど……」
キラの視線が、遠くを見るように細くなる。
——
キラと紺の通学路には、有名な学習塾があった。
進学率が高いことで知られている、いわゆる“優秀な子”が通う塾だ。
その日、二人が塾の前を通りかかった時、塾の入口の前で、一人の少年が三人の生徒に向かって訴えていた。
「返して」
冷静な声だった。
三人のうちの一人が、面倒くさそうに眉をひそめる。
「は? 何?」
「俺のノート返して」
「マジでなんのこと言ってるかわからないんだけど」
少年は少しだけ眉を寄せた。
「何が気に入らないの」
三人は顔を見合わせる。
「俺ら授業あるからもういい?」
「こんなことする奴らじゃなかったじゃん」
少年の声には悲しみが滲んでいた。
その言葉に、三人の表情がわずかに変わる。
「マジで何言ってんの。もう行くわ」
「机に置きっぱにしてたら誰でも取れるでしょ」
「人疑う前に自己管理しっかりしろよ」
そう言い捨てて、三人は塾の中へ入っていった。
残された少年は、しばらくその扉を見ていた。
その様子を、紺は黙って見つめていた。
キラはその袖を引く。
「紺」
紺は動かない。
「気になるのはわかるけど行こう。あそこの私立の奴らは俺らにはどうしようもできないって」
少年たちが着ていた制服は、某有名大学への進学率が高い私立高校の附属中学高のものだった。
関わる世界が違う。
キラはそう思っていた。
紺は少しだけ迷うように視線を向けたあと、ようやく歩き出す。
その瞬間だった。
少年が顔を上げた。
紺と、目が合う。
少年はしばらく二人を見つめていたが、やがて目を逸らし、そのまま歩き去っていった。
——
「キラくんが紺くん止めるの、ちょっと意外かも」
咲夜がそう言うと、キラは苦笑した。
「中学もヤンチャだったし、関わるのって、お互い良いことないっていうか……」
少し言葉を探す。
「さすがに俺も、それくらいは分かってたっていうか」
そして、キラは続ける。
「……で、何日かたって」
また、いつもの帰り道だった。
紺とキラはコンビニに立ち寄って肉まんをそれぞれ購入した。
本当は中学生の買い食いは禁止されていたが、そんなルールを気にする二人でもない。
店の外のベンチで食べようとすると、ベンチの端に一人座っていた。
俯いている。
キラは思わず声を出す。
「マジか」
その声に反応して、少年が顔を上げた。
塾の前で見た、あの少年だった。
少年は紺とキラを見て、少し驚いたような顔をする。
紺は、何でもない調子で言った。
「肉まん食う?」
そして続ける。
「買ってきてやろうか?」
キラはその言葉に動揺し、思わず紺の顔を見た。
少年も少し戸惑ったように聞く。
「いいの?」
紺は軽く頷いた。
「おう」
そして紺は右手を少年に差し出す。
少年ははその手を見て、首を傾げた。
「二百円」
紺の言葉に一瞬、沈黙が落ちる。
少年が小さく笑った。
「あ、そういうこと?」
「うん」
紺は少し申し訳なさそうに言う。
「ごめん、俺、金なくて」
あまりにも自然なやり取りで、キラは吹き出しそうになるのを必死でこらえた。
少年はポケットから小銭を取り出す。
「はい、お願い」
紺はそれを受け取り、軽く頷いた。
「おう。ちょっと待ってて」
そう言って、コンビニの中へ入っていく。
キラと少年の二人は店の外に残された。
キラはさっきまで堪えていた笑いを、ぐっと飲み込む。
猫が店の前をゆっくり歩いていった。
二人とも、何も言わない。
妙に長い沈黙。
紺が戻ってくるまでの数分間。
二人の間には、なんとも言えない気まずい空気が漂っていた。