あの日の第二ボタン

すれ違いの街

「テニスサークルでーす!お兄さんどうですか?」

「ラグビー部です!お、君ガタイいいね!」

「軽音サークルです!バンドやってみない?」

優人は勧誘の波をすり抜けながら下智大学のメインストリートを歩いていた。
目の前に広がる自由と熱量に、どこか取り残されたような気分になっていた。

「こ、これが大学か……キラキラしてるな……」

優人は新たな地での学生生活の期待と不安で胸を膨らませていた。


「……そして、行動経済学とは、人間の行動から経済を読み解いていく学問で、従来の経済学とは少し……」

教授がポインターを片手に授業をする。
優人は耳を必死に傾けタブレットに取り込んだ資料に教授の発言を書き込んでいく。
高校とは打って変わって授業時間は100分間。
内容も難しく、進度も恐ろしく早い。
それまでは学力で抜きん出ていた優人も大学ではただの一般学生になっていた。

「はぁ……行動経済学難しすぎ……」

優人が中庭で一人で昼食をとっていると、遠くのテーブルで女子学生二人組が談笑していた。

「笑う時に手で口を隠す仕草、笑った時の細い目……ゆいちゃん……?」

女子学生は視線に気がつき優人の方へ振り向く。

「……全然違う……そりゃ、いるはずないよね……」

優人は悠依がいるはずもないのに期待してしまう自分に嫌気がさした。

「思い出とともに、地元へ置いてきたんだ。今さら思い出してもどうしようもない。」

優人は昼食をかき込み、午後の講義室へと移動した。


「こんにちは。店内で過ごされますか?」

優人は緑のエプロンを身にまとい、カフェでバイトをしていた。

十二月の東京は強いビル風が吹き抜けるため客のほとんどは厚手のコートを身に纏っていた。
店内にはコーヒーの匂いが充満していた。

優人はバイトの休憩中、コーヒーを片手にランスタグルムを眺めていた。
高校時代のチームメイトの投稿が目につく。
ユニフォーム姿でボールを握る写真と共に「大学でも野球、続けてます!」と添えられていた。

「そっか……みんな、野球、続けてるんか……」

画面をスクロールする指が、一瞬止まる。
昔と変わらぬ姿が、優人の心の中に眠っていたわずかな焦燥を呼び起こす。

時計を見ると、休憩時間も残りわずかになっていた。
カップのコーヒーを飲み干してバイトへと戻る。
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