罪深く、私を奪って。
「詩織ちゃんがちゃんと家に入って部屋の明かり付くまで、ここで見てるから」
白い息を吐きながらそう言う永瀬さんに、思わず小さく笑った。
「永瀬さんと付き合う女の子は、きっと大変ですね」
「なんで? こんなに優しくていい男なんてめったにいないと思うけど?」
「確かに優しいけど、みんなに優しいじゃないですか」
自分でさらりとそんな事が言えちゃうくらいカッコよくて優しい男の人と付き合ったら、きっと毎日嫉妬して大変だ。
「残念だけど、俺は誰にでも優しい訳じゃないよ」
「…………?」
「俺が優しいのは、可愛い女の子にだけだから」
……それはそれで最低だ。

アパートのドアを開け、中に入る。
カチリ、と内側からしっかりと鍵をかけてから、部屋の電気をつけた。
コートも脱がないまま急いで窓から外をのぞくと、カーテンの間から私の姿が見えたのか、プッと短いクラクションを鳴らしてから、永瀬さんの車が走り去って行く。
そのエンジン音を聞きながら、大きく息をついた。

明日は金曜日。
明日さえ頑張れば、とりあえず二日間は休みだ。
大丈夫、一人じゃない。
紙袋から永瀬さんがくれたビーズ刺繍のミュールをそっと出しながら、そう自分に言い聞かせた。

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