二度目の人生でかつての戦友が私を溺愛する


俺には俺の目標がある。
この大戦で戦功を上げ、まずは中隊長、そして大隊長になる。
富と栄誉を得て、剣士として歴史に名を刻む。

そんな目標の前で恋心は正直邪魔だった。

それでも…
消すことも、薄めることもできない。
ハナのことを愛しく思う気持ちは日に日に積もる。
そんな自分が嫌で、さらに剣を振る時間を増やした。


そして開戦が迫ったある日ーー
そわそわしているハナを不思議に思い、話しかけた。

「き、今日、訓練所に妹と妹の婚約者が来るの」
そんな平和なイベントを前に不細工になったなどというくだらない心配事を並べる。

なんかおかしい…

「ハナ様、お久しぶりです。」
「ギル様…お久しぶりです。」

ハナの妹の婚約者を見てハッとした。
黒髪黒眼…
あの夜、ハナが酔っぱらって抱きついた隊員と同じだ。

コイツ…

ハナの表情を見ると、張り付いたような微笑みを浮かべていた。
貴族としての…姉としての表情。
それは長年かけて染み付かせてきた振る舞いに見えた。

そして、決まって妹とその婚約者が話しているときに、2人を見る横顔に影がさす。
叶わない夢を見る表情。

…ハナはこの男を好いている。


「ハナ」
「なに?」

俺が名前を呼ぶと、こちらに目線を向ける。
少し目尻の上がった大きな目。
深い青色は俺の心を穏やかにさせる。

でも、その瞳から涙を流させるのも
本当の笑顔を引き出せるのも…俺じゃない。

「どうかしたの?」

ハナの言葉の端に俺への親しみが感じられる。
友人として俺は好かれているけれど、本当にハナを幸せにしてやることはできない。

地位のこともある。
大隊長の首をとるくらいの戦功を上げないと、爵位などもらえない。
爵位がないと、子爵令嬢であるハナを娶ることなどできない。

なにより…ハナは好いた相手と幸せになってほしい。

俺は引き裂けそうな胸の痛みを押し隠した。

まずは戦争に勝たなくては…!
戦争に勝ち、なんとか手をつくし、この男とハナを結ぶ。
細かい手段はあとだ。
戦功を立てればどうにかなる。
とにかく…戦争に…!!



「ヒュー…ヒュー…」



あの絶望を俺は忘れることはないだろう。


細くなった気道からなんとか酸素を取り入れる音。
流れる血も尽きた右足。

「っ…ハナ!ハナ!!」

呼びかけてもあの美しかった紺青の瞳は何も映さない。

「ハナ…」

もう一度…俺の方を見てくれ。
お願いだ。

「ハ…ナ…」

頼むから…死なないでくれ…
頼む…頼む…
神様…!

ハッとなり、自分の胸元に手を当てる。
祈り文と、ハナの妹にもらった痛みを感じさせない小刀の存在を思い出したのだ。

『では皆様、自分が一番叶えたい願いを書いてください。
2番目ではだめよ。魔術が失敗してしまう。』

俺が一番叶えたい願いを書き損じたからこんなことになったのだろうか…。

あの時は無我夢中で、戦争に勝つことが全てだと思っていたけれど、今は勝利なんてどうでもよくなっている。
この後どんでん返しが起きて勝利したとしても、ハナがいない。
俺の愛する人は、共に帰ることができない…。

「ヒュー……ヒュー……」
どんどん浅くなるハナの呼吸に胸が締め付けられる。

「もういいよ。よく頑張った、ハナ…」
小刀を胸元から取り出し、大きく息を吸い、

ドスッッ

ひと思いにその胸を貫いた。
すると、傷口に優しい炎が灯った。

これは…祈り文か?
ハナも胸元に入れていたのか…。

虚しく灰になっていく祈り文をただただ見つめる。

祈り文の炎が弱くなるのと連動するように、ハナの呼吸も消え入っていき、
「ギ…ル…さ、ま」
そうつぶやいてハナは絶命した。
そのこめかみには初めて見せるハナの涙があった。

「……」

真っ暗な絶望の中、立ち上がり剣を握った。
一人でも多く道連れにして、俺もすぐ行く。


そのあとのことはほとんど覚えていない。
がむしゃらに剣を振るい、敵を斬って斬って、そして死んだのだろう。

俺が俺として意識を取り戻したのは、二度目の人生ーー
6歳でギルバートと会ったときだった。

真っ先にハナのことが頭に浮かび、もしかしてハナも転生していないかと、毎日市井を探した。
記憶のないギルバートにも、周りの大人にも頼らなかった結果、結局ハナと出会うことはできず、次第に諦め、あてがわれた婚約者候補を受け入れた。


そして15歳の春ーー

俺を見上げる深い青。
唯一無二の存在が俺の前に現れた。
二回分の人生でこれほど神に感謝したことはない。

今度こそ…
俺の一番の願いを叶える。

ハナを俺が幸せにする。

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