絶対零度の王

夜が深まると、この学園は静寂に包まれる。
政財界の血を引く者たちが通う「白凰学園」。その頂点に立つのが、生徒会長・黒瀬華鈴。
誰もが畏敬し、羨望し、遠くからその背を追う。

だが、誰も知らない。
彼女の胸に潜む、ひとつの弱さを。
喘息という名の檻。
そして、心に刻まれた深い傷を。

「……っ、はぁ……っ、く……ぅ……」

誰もいない生徒会室の奥、ガラス張りの書庫にて、華鈴は机に手をついて膝を折った。
喉が焼けつくように痛み、息を吸うたびに肺が軋む。

(まだ、大丈夫……)

そう言い聞かせ、薬を手に取ろうとしたとき――

「……華鈴様」

低く鋭い声が背後から響いた。
振り返ると、そこには鋭い眼光を光らせた少年、蔭山前が立っていた。

「……薬、どこですか」

「……別に……前。今は……平気」

「その息で、よく“平気”などと――」

次の瞬間、前は無言で近寄り、彼女の腕を掴んだ。
白く冷えた手首。その震えを感じた瞬間、彼の表情が僅かに歪む。

「言いましたよね。無理をしたら、許さないと」

「……ごめん。生徒会の書類、明日の株主総会、あと祖父様の……」

「すべて、後回しにしてください。命令です。今は、俺の言うことを聞いてください」

珍しく、命令口調だった。

蔭山前は彼女を抱きかかえるようにして学園の地下室に降りた。そこは、華鈴が唯一“人間”に戻れる、前だけが知る隠し部屋。
簡易ベッドの上に横たわると、彼は手際よく吸入器を準備し、彼女の背に手を添える。

「……苦しい時くらい、甘えてください。俺は……そのために、ここにいるんですから」

彼の声音が僅かに震えていたのは、怒りなのか、悲しみなのか。

「……怖かったの。祖父様に知られたら、また“使えない”って言われる。もう、あの目で見られるの、嫌なの……」

「なら、俺が全部、隠します。……あの人にも、世界にも」


黒瀬龍臣(くろせ・たつおみ)――華鈴の祖父。黒瀬グループ総帥。
かつて娘夫婦を“処理”した張本人。完璧でなければ価値がない、という信条を持ち、華鈴にも同じことを強いてきた。


白凰学園生徒会メンバー:
1.一条怜(いちじょう・れい):副会長。冷静沈着な策士。政界の御曹司。
2.綾城つばさ(あやしろ・つばさ):書記。明るく快活なムードメーカー。華鈴に恋心を抱いている。
3.鳳条雅(ほうじょう・みやび):会計。高慢で毒舌。華鈴をライバル視しているが、実は信頼している。
4.風間樹(かざま・いつき):庶務。寡黙な天才プログラマー。華鈴の秘密を知る数少ない人物。
5.水瀬美月(みなせ・みづき):庶務。おっとり系でお菓子作りが得意。華鈴の体調をよく気にかけている。
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