エリート外科医の蕩ける治療
開店時間までずいぶんと時間があるだろうと思っていたけれど、杏子と過ごすとあっという間だった。

物産展のチラシを見ながら、ここの店は何が有名でとか、ここの店はどこが本店でとか、食にかけての知識が半端ない。食に関して無頓着な俺の脳内に、新しい知識が植え付けられていく。……けれどすぐにすり抜けて忘れていく。

「杏子、情報量が多すぎて頭がパンクする」

「えっ、清島先生ともあろうお方が」

「とりあえず、美味いものが集まっているということだけはわかった」

「一真さんは気になるお店ありますか?」

「ああ、このたい焼きにソフトクリームがのってるやつ」

「私もそれ気になってた。絶対食べましょうね」

楽しみと言いながら笑う杏子だったが、俺はそのたい焼きを食べたときの杏子の反応が楽しみだ。どんな顔をして笑うのだろう。美味しいと満面の笑みを見せてくれる気がする。

「あっ、一真さん開店ですよ」

繋いでいた手がぱっと離される。と思ったらもう一度ぎゅっと握られ、指が絡む。

「……えへへ。離したくなくなっちゃった」

そんな可愛いことを言うものだから、手を手繰り寄せて手の甲にキスを落とす。

「後でな」

「はわわ。角煮頑張って手に入れてくる!」

また声にならないような悲鳴を上げてから、杏子は一目散にお目当ての店に走っていった。俺も人の波に飲まれながら、限定明太子を買うために走った。緊急呼び出しで鍛えられている足腰は、このためにあると言っても過言ではない。

……最近本当に思考が杏子化している気がする。嫌ではないけど、そんな自分に少し戸惑う。杏子といると、自分にもこんな感情があったんだなと知らされるようだ。

元彼女にトラウマを植え付けられてから、殺した感情がいくつもある。それはこれ以上自分が傷つかないため、考えないようにしたための自己防衛だ。いつの間にかそれが自分の性格にすり替わっていたけれど、今は杏子によって少しずつ剥がされていく感じがする。
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