【短編】ヤンデレな魅了の令息の想い人は、婚約が決まった幼馴染でした
 数か月後。

 僕は様々なことに手を尽くした。

 彼女に懸想する男に()()()して、アリシアの婚約を白紙にさせて。
 僕と彼女の両親に()()()して、アリシアとの婚約を認めてもらって。

 彼らの周囲の人物から少しずつ()()()していけば、すぐに僕の言うことを聞いてくれた。

 ああ、あと……。
 ついでと言ってはなんだけど。
 彼女の両親に婚約を認めてもらう前に、他の魔道具開発事業を興す伯爵家に彼女が作ったレシピを密かに渡したんだ。
 その伯爵家に圧されて、アリシアの家の家業は少し傾きかけている。
 彼女の成果を密かに自分たちのものにしていたんだから、自業自得だよね。

 なんだ。もっと早くこうしていれば良かったんだ。

「アリシア。やっと僕と君の婚約を認めてもらえたよ」

 僕はアリシアの実家の応接室に案内されて、彼女に向かって微笑んだ。

「スレイ様……眼鏡……どうして……」

 どうしてなんだろう。
 眼鏡を外した僕を前に、アリシアは震えている。

「安心して。アリシアが作ってくれた眼鏡は、大切に保管しているよ。アリシアがくれた僕の宝物だから」
「家族に何をしたのですか……!?」
()()()しただけだよ。アリシアとの結婚を認めて欲しい、って」
「っ! 魅了の魔眼を使ってですか!!」
「そうだよ?」
「嫌いだと仰ったその力を使って!?」
「……そうだね。嫌い、だったよ」

 アリシアがいなかったら、この能力(魅了の魔眼)だけじゃなくて、僕自身も嫌いになっていたと思う。

 幼い頃に起こした魔力暴走によって、僕は魅了の魔眼の力を得てしまった。

 そんな力、その頃は望んでいなかった。
 立っているだけでも、見知らぬ女の子に付きまとわれて。
 安全だと思った家にいても誘拐犯が侵入してきて。
 僕を守ってくれるはずの護衛も変な気を起こして……。
 僕は気がふれてしまいそうだった。

 そんな中、魅了が効かない女の子(アリシア)に出会った。

 焦点の可笑しな眼差しを向けられていた僕にとって、まっすぐに鮮やかな瞳で見返してくれる彼女は僕にとっての救いで……。

『その力、抑えることが出来ますよ』
『ほんとうに……?』

 アリシアもまだ幼かったのにとても賢く優秀で、僕の魅了を封じる魔道具を作ってくれた。

『この眼鏡をかけている間は、安全です』
『ほんとうだ……! 誰も僕を変な目で見てこない……!』
『ね? この眼鏡で、あなたの平穏が保たれますように』

 彼女の笑顔に、僕は恋をしたんだ。

 僕は、アリシアが欲しかった。
 どうしても、どうしても欲しかったんだ……!
 だから、僕は彼女を手に入れるために……彼女が施してくれた封印を解いた。

「嫌いなら、どうして力を悪用するようなことを……!」
「悪用じゃない。僕がアリシアと婚約するために、必要な手段だよ」
「そんなわけありません……!!」
「ねえ、アリシア。周囲の理解は得たよ。だから僕を心から望んでくれるよね?」

 だってアリシアが望んでくれないと、こうまでした意味がないのだから。

「スレイ様、目を覚まして! あなたは本当はこんなことをするひとでは……!」
「アリシア? こたえて?」
「っ! きゃっ!?」

 僕が魅了に魔力を込めた瞬間、彼女がつけていた腕輪がパリンと音を立てて割れた。
 あれは、魔道具か。僕がもらった眼鏡と同じ、魔法干渉の無効化の魔道具かな。

「ああ、やっぱり……。アリシアも魔道具を付けていたんだね。だから僕の魅了が効かなかったんだ」

 これまで僕と君の平穏を守っていたのは、アリシアが作ってくれた魔道具のおかげなんだね。
 そう思うと、ペアアクセサリーをつけていたみたいで、嬉しいな。
 でも僕らはもう、守られるだけじゃいられない。

()()()、アリシア。僕のお嫁さんになって?」

 ただ僕の魅了下に置くだけなら、何もしなくても良い。相手は勝手に僕に惹かれてくれるから。
 でも叶えて欲しいお願い事を頼むときは、目を見てお願いをする必要がある。

「っぅ……! スレ……イ……さ……ま……目を……さま、して……」

 魔道具は破壊したというのに、アリシアは僕のお願いに抵抗する。
 魔道具関係なしに、元々彼女は魅了にかかりにくい性質なのかもしれない。

 そのお陰で、僕は彼女に恋をした。
 そのせいで、彼女は僕に恋をしてくれない。

()()()を聞いて? アリシア?」

 僕は一層、魅了に魔力を載せる。

「わた、わた、くし、は……」

 お願いをするたびに強張っていくアリシアの顔が、僕はとても怖かった。

 だって、だって……。
 僕のお願いを無視して、アリシア自身の意志で、口を開こうとしているんだから。

 いやだ……。
 いやだ、こわい、やめて、否定しないで、受け入れて、拒絶しないで、好きになって、嫌わないで、愛して、怖がらないで、許して、お願いを聞いて、本当はこんなことするはずじゃ、くるしい、かなしい、こわい、いたい、すきなのに、かなしませたくない、しあわせにしたかった、やさしくしたかった、のに、ぼく、は、どうして……。

「あっ……ぐっ……! ぼ、ぼく……はっ……!」

 アリシアの眼差しが怖くなってしまった途端に、僕の集中力は切れた。
 それまで魅了に使っていた魔力の反動が、行き場を失くして僕自身に襲い掛かってくる。

「くっ……はっ……あっ……!?」
「スレイ様!?」

 魅了が切れてしまった、お願いを聞いてもらえなかった、失敗した……!?

 ズキズキと胸が締め付けられるのは反動のせい?
 それとも、アリシアに拒まれることが怖いせい?
 彼女はいま、どんな顔をしている……!?
 分からない、何もわからない、何も見えない……!

 うまく息が吸えなくて、はくはくと呼吸を繰り返していると、不安だけが募っていく。

「うぐ……く……! アリ……シ……ア……!」

 僕はこんなにもアリシアが好きなのに、彼女は同じ想いを返してくれない。
 だからと言って、傷付けるつもりもなかった。
 失望されるようなことをするつもりも。
 大事に大事に、お姫様みたいに大切にして、一緒に幸せになりたかった。
 なのに……!

 身体が熱を持ち始めて来た。
 身体の節々が痛くて、頭も朦朧とする。
 このままでは、行き場を失くした魔力が暴走する。
 ここで暴走させちゃだめだ……アリシアが犠牲になる……!
 それだけは……!

「スレイ様!? しっかりしてください!」

 アリシアはそう言うと……僕に口付けをした。

「んっ……!?」

 一瞬、何が起きたのか分からなかった。
 頭が沸騰するあまりに夢でも見ているのかと思った。

 けれども、口づけを受けた瞬間に視界がぱぁっと開けて見えたのは、今まで以上に近くに見える彼女の顔だった。
 それに、彼女の柔らかい唇の感触は、紛れもない現実で……。

「?!??!?!?!?!」

 アリシアは僕の口に息を吹き込む。まるで呼吸を教えるように。
 アリシアは僕の手を繋いで、僕の魔力の流れを制御する。まるで恋人にするように……。

 な、なんで!??!?!

 破裂しそうだった僕の頭が、別の意味で沸騰し始めてしまった。
 混乱している間にも、僕の呼吸と魔力暴走は収まり、アリシアは僕から離れた。

「へ……? ありしゃ……??」

 信じられないくらいに、だらしのない声が出てしまった。
 なんだこれ、恥ずかしい……。

「落ち着きましたか、スレイ様」
「う、うん……」

 それに何だろう、頭がすっきりした気がする……?
 キスしただけなのに??
 キ、キス……?
 アリシアとキスした……?
 僕が? ほ、ほんとに?? 夢……じゃないよね? しかもアリシアから? 嘘でしょ?

 ふと唇に手を当てると、アリシアが顔を真っ赤にして視線を逸らしてしまった。
 ……夢ではないみたいだ。
 ど、どうしよう……ドキドキする……。
 いや僕なんで今になって緊張してるんだ?
 あれだけアリシアに迫っていたというのに……。

 迫って……いた……。
 ……そこまで気づいて、僕はさーっと血の気が引いた。

 ど、どうしよう……。僕はなんてことをしてしまったんだ……。

「アリシア……ごめん……。僕はアリシアに酷いことをしたね……」
「……」

 謝っても許してくれないだろう。
 彼女の意志を奪って婚約しようとしたんだから。

「許してくれないかもしれないけど……」
「謝罪を受け入れます」
「……え?」
「許します」
「え?」
「そして婚約も受け入れます」
「へ?」
「好きです! スレイ様!」
「えっ!??!?」

 相変わらず顔を真っ赤にしたアリシアが、僕に告白してくれた。
 信じられない、夢みたいだ……。
 もしかしたら魔力暴走を止められなくて、僕は死後の世界にいるのかもしれない。

「ほんとうに……?」
「本当ですよ」
「無理矢理婚約させようとした僕を、好きでいてくれるの?」
「元々大好きなので問題ありません」
「無理矢理は問題あるでしょう?」
「それでも、わたくしはスレイ様を嫌いにならないですよ。言ったじゃないですか。スレイ様は本当はこんなことをしない、目を覚ましてください、って」
「……うん」
「だから、わたくしの声が届いて良かったです」
「声って言うか……」

 柔らかい唇が触れて……って、いやいやいやいや!! 何考えてるんだ、僕は!

「で、でもずっと弟分だと思われてると思っていて……」
「いいえ。その……可愛いとは思っていました」
「かわいい!?」
「はい、かわいいです。なので思わず愛でしまっていて……」

 弟分として見られてなかったのは良いとして、可愛いと思われるのは男としては複雑だ……。

「じゃ、じゃあ……改めて……。僕と婚約してくれる?」
「もちろんです!」
「……! ほんとうに?」
「本当ですよ」

 アリシアが僕との婚約を望んでくれるなんて! 嬉しい!

 そう思って安心した瞬間、僕の身体から力が抜けた。
 身体が思うように動かせなくて、眠くて眠くてたまらない。

「あ……れ……」
「魔力を酷使して疲れたんでしょうね。少しお休みください、スレイ様」
「で、でも……せっかくアリシアの婚約者になれたのに……う……」
「ではこちらにどうぞ、スレイ様」

 アリシアはそう言って僕に膝枕をしてくれた。

「へ……?」

 なんだろう、これ??
 さっきから僕に都合が良いことばっかり起きている。

「寝て醒めて夢だったらどうしよう……」
「現実なので、安心してください」

 どうしよう……。
 これが現実だったとしても、アリシアに同意をもらったうえでの婚約成立が嬉しすぎて、起きたら死ぬかもしれない……。
 でも嬉しい……。
 これが現実だとしたら、僕は死んでも良いかもしれない……。
 いやいや、だめだ。
 現実なら僕は、ずっとアリシアと一緒にいられるんだから。

「アリシア、どこにもいかないで……」

 お願いだから、返事をして……?
 そう思ったけれども、僕は彼女の返事を待つことなく瞼を閉じた。

――アリシア視点(?)――

「う……」

 スレイは悪夢を見ているのか、時折アリシアの膝の上で苦しそうに寝言を呟く。

「アリシア……好きだよ……」
「知っていますよ……」
「他の男のところにいかないで……」
「行きませんよ」
「僕のお嫁さんになってよ」
「わたくしはもう、スレイ様の婚約者ですよ」

 そのたびに、アリシアはスレイに優しく語り掛けた。
 スレイの瞳に涙が溜まると、アリシアはそれを指で掬う。

 彼女は脳裏にとある文献の一節を思い浮かべた。

『強力な魅了の持ち主は、まれに自身も魅了にかかることがある』
『自らが焦がれた人物に強く惹かれ、そして相手も彼の者に想いを寄せ、それが叶えられないと気付いたとき、魅了持ちは愛に溺れて堕ちて行く』

 それは、彼女がスレイに惹かれたときに調べた本の内容だった。

「わたくしがスレイ様を好きにならなければ、こんなことにはならなかったのかもしれませんね」

『そこから引き上げることが出来るのは、心から想いを寄せた相手の……』

 アリシアは唇にそっと触れた。

 どうかアリシアの可愛い王子様が、怖い夢から抜け出せるように。
 彼女は優しく、スレイに唇を落とした。

「わたくしの大好きな王子様。わたくしは、王子様の呪いを解くお姫様の役目が出来ましたか?」

 アリシアが顔を上げると、スレイは悪夢から逃げきれたように安らかな顔で寝息を立てていた。

~了~
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