【短編】ヤンデレな魅了の令息の想い人は、婚約が決まった幼馴染でした
 僕はアリシアが好きだ。一目惚れだった。
 ()()な僕の目を、恐れず真っ直ぐに見返してくれる。
 みんなとは違う素直な感情を向けてくれる。
 大好きな、可愛い僕のお姫様。

 僕は彼女に婚約を申し込みたかったけれども、両親がそれを認めてくれなかった。
 侯爵令息の僕と男爵令嬢の彼女では家格が合わない。
 やがて宮廷魔術師の道を進む僕に相応しくない。
 ただ、それだけのことが……僕の淡い恋路を踏みにじる。

「スレイ様。わたくし、婚約が決まりました」
「え」

 気付けば、僕がうだうだしている間に、彼女の婚約が決まってしまった。

「ですからもう、スレイ様とはあまり会えなくなってしまいますね」
「え、や、やだ……!」

 幼馴染の僕と彼女は、王立図書館の隠し部屋で度々こっそりと密会している。
 魔力の強力な僕と、魔道具開発が得意なアリシアとで、魔法について良く話し合っていた。

 男爵令嬢のアリシアの一族は、魔道具開発を得意としている。
 彼女自身も魔道具開発を得意としていて、僕も度々彼女が作り出す魔道具のお世話になっている。
 ……もっとも、彼女の開発成果は「女だから」と兄や父に取り上げられてしまっているようだけれども……。
 成果を奪われても、彼女は健気に新たな魔道具を開発する。
 彼女の実力が公にさえなっていれば、僕の両親だって彼女との婚約を許してくれただろうに……。
 そうすれば彼女を蔑ろにする家から、助け出してあげることだってできただろうに……。

 親に従わざるを得ない婚約の話もきっと、男爵家の魔道具開発の能力を取り入れようとした家からの提案を受けたものなんだろう。

「アリシアは僕が嫌いなの……?」
「好きですよ」

 好き、と言う言葉に僕の心がはねる。
 嬉しい。僕もアリシアが好きだから。
 でも、彼女の『好き』は僕の望む熱がこもった好きではない。
 幼馴染としての親愛に満ちた好きだ。
 僕の好きとは違う。

 僕にとってアリシアは恋焦がれている相手だけれども、彼女にとって僕はそうではないのかもしれない。

「でも、家の決定ですから……」
「……アリシアが自分で決められるのなら、僕と一緒にいてくれる? 僕は君ともっと一緒にいたいんだ!」
「スレイ様……仕方のない方ですね……」

 彼女に縋りつくと、彼女は僕の頭を優しく撫でて苦笑した。

 なんとなく、弟のように思われていることには気づいていた。
 僕はその好意に甘えて利用して、彼女と接していた。
 婚約が許されないなら、傍にいられるだけで良い。
 そう思っていたけど、これからは傍にいることすら許されないなんて……。

「どうして……」
「仕方ないですよ。わたくしたちは貴族なんですから。親の決定には従わないといけません」

 誰も居ない隠し部屋で、既成事実を作ってしまえば良いのでは?
 一瞬、そんな悪意が脳裏をよぎる。

「……アリシア」
「なんですか?」

 けれどもすぐに頭を振った。
 強引に事をなして嫌われてしまったら元も子もないから。

「ううん、なんでもない」

 僕は彼女が欲しい。
 彼女の身体だけじゃなくて、心も……ぜんぶ。

 その鮮やかな碧の眼差しに、僕だけを収めて。
 光に照らされると美しく輝く金色の髪を、僕だけに梳かせて。
 小鳥がさえずるような可愛らしい声を、僕だけに囁いて。
 小さくも魔道具開発で少し筋張った手を、僕だけに絡ませて。
 君の無垢な身体を、僕だけに許して。
 魔道具に向ける熱い君の想いを、僕だけに向けて。

 僕が居ないと生きていけないと思ってくれるくらいに、深く愛して欲しいんだ。

「婚約が嫌だったら、僕がなんとかしてみせるよ」
「いいんです。わたくしも納得したことですから」
「……っ」

 納得……しちゃったんだ……。
 苦笑する彼女の言葉に、僕の胸がズキッと痛んだ。

 アリシアは僕の頭を優しく撫でて微笑む。
 やっぱり、君と僕は弟みたいな距離感だ。

「どうか、スレイ様に素敵なお嬢様が見つかりますように」
「やだ……」

 どうして、そんなことを言うの?
 僕にとっての素敵なお嬢様はアリシアだけなのに。
 君以上のお姫様なんて、みつかりっこないのに……!

「スレイ様とご一緒出来た時間は、わたくしにとってとても楽しい想い出です」

 名残惜しそうに帰って行くアリシアの後姿を、僕はぼうっと見守る。

「なんで……」

 僕が何よりも希う君だけが、僕の手に入らない。
 まるで、僕が彼女の魅了能力に魅入られてしまったように。

 ああ、もちろん。彼女()魅了持ちではない。
 だから僕の切なる想いも、魔法によって揺れ動かされたまがい物なんかじゃないことは確かで……。
 僕が芽生えさせて、彼女と共に育んだ恋心なんだ。

「僕が先に好きになったのに……」

 家族が決めたぽっと出の婚約者よりも、僕の方が誰よりもアリシアのことを想っている。

「ねえ、どうして……」

 僕は手に残った彼女のリボンに目線と共に口づけを落とす。
 彼女の髪を飾っていたリボンがほどけそうだったから、僕はついそれを手に取ってしまっていた。

「アリシア……好き……愛してる……」

 今頃馬車に乗った彼女は、リボンがないことに気付いているんだろうか。
 僕が持っているかもしれないと思ってくれているんだろうか。
 そうすれば彼女はこれからも時折、僕のことを思い出してくれるんだろうか。
 少しでも、アリシアの心に僕の存在を刻みつけたい。
 忘れられなくなるくらい。
 忘れて欲しくない……。

「いやだ、忘れないで……!」

 想い出に残るだけじゃ嫌なんだ。
 ずっと一緒に居られることが出来なければ、彼女への想いでいっぱいになった僕の心は報われない。

「ねえアリシア。どうしたらアリシアは僕だけのお姫様になってくれる?」

 散々試みた僕の両親の説得が、今になって成功する可能性はあるんだろうか?
 どうしたら、うまく事を運ぶことが……。

「そうだ……」

 僕は掛けていた眼鏡を外した。
 これは彼女が僕のために作ってくれた伊達眼鏡。
 僕の忌まわしい力(固有魔法)を抑えるための、封印魔道具(リミッター)

「別に、強引な手段に出なくても良いんだ」

 幼かった頃、魔力の強い僕は魔力暴走を引き起こしたことがある。
 それからは何年か勝手に僕の固有能力が暴発する時期が続いて、そのたびに周囲に被害を出していた。
 その時、唯一僕の能力が効かなかった彼女が、僕のために作ってくれた大切な道具だ。

 成長してからは魔力の制御も自在に出来るようになり、この眼鏡も本当はいらなくなっていた。
 でも、アリシアがくれたお守りだと思うと、僕はずっとそれを外せなかった。

「みんなに()()()すれば良いんだから」

 外したくなかった。
 外せば、彼女が与えてくれた穏やかな世界は変わってしまうから。
 外せば、彼女との繋がりが途絶えてしまえそうな気がしたから。

 ……だけどついに、この眼鏡(リミッター)を外すときが来たんだね。

「僕なら、それが出来る」

 待っていてアリシア。
 僕がすぐに迎えに行くから。

 眼鏡に遮られている間は、髪と同じぼんやりとした銀色をしている僕の瞳だけれども……。
 図書館の窓に映った僕の瞳は、金色に輝いていた。
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