推しキャラへの愛を語る私に、幼馴染の王子様は甘すぎる件~オタク女子、現実の溺愛に戸惑い中~
第七話∶茜入りの心
第六話
〇 彗の秘密基地(月曜日・放課後)
夕焼けに染まる空の下、雫は彗に連れられて、秘密の小道を奥へと進んでいた。木々のざわめきと、足元の落ち葉を踏む音だけが響く静かな空間。先導する彗の背中を、少しだけ緊張しながら見つめる。
彗:「もう少しで着くよ。ちょっとだけ、足元に気を付けて。」
彗は、振り返って優しく微笑むと、再び前を向いた。その表情は、いつもの明るさに加えて、どこか子供のような無邪気さを帯びている。
雫の心の声:(彗の秘密基地…一体どんな場所なんだろう? こんな人気者の彗に、一人で過ごす秘密の場所があるなんて、なんだか意外…)
小道を抜け、視界が開けると、そこには小さな木造の小屋がひっそりと佇んでいた。蔦が絡まり、少し古びた様子だが、どこか温かみのある雰囲気だ。小屋の周りには、丁寧に手入れされた花壇があり、色とりどりの花が夕焼けに照らされている。
雫:「わぁ…! すごい…! これが、彗の秘密基地?」
驚きと感動が入り混じった声が、思わず漏れた。
彗:「うん、そうだ。小さい頃、おじいちゃんが建ててくれたんだ。ほとんど誰も知らない、僕だけの特別な場所。」
彗は、少し誇らしげにそう言うと、小屋のドアを開けた。ギィ、という古い金属製の蝶番の音が、静かな空間に響く。
小屋の中は、外の印象とは少し違い、きちんと整理されていた。木製の床は磨かれ、壁には、子供の頃の落書きや、お気に入りのアニメのポスターなどが飾られている。中央には、小さな丸テーブルと椅子が置かれ、隅には、本や道具などがきちんと積まれている。窓からは、夕暮れの光が優しく差し込んでいる。
雫:「すごい…! まるでおもちゃ箱みたい…!」
雫は、目を輝かせながら、小屋の中を見渡した。
彗:「ハハッ、そうかもね。ここには、僕の思い出がたくさん詰まっているんだ。」
彗は、少し照れたように笑いながら、雫を小屋の中に招き入れた。
彗:「よかったら、座って。温かいお茶でも淹れようか?」
雫:「ありがとう。」
雫は、丸テーブルの椅子にそっと腰掛けた。木製の椅子の感触が、どこか懐かしい。
彗は、手際よくポットでお湯を沸かし、ティーバッグを取り出した。その手つきは、普段の明るい彗とは少し違い、落ち着いていて、家庭的な雰囲気だ。
彗:「今日、学校で、雫が歴史的なファンタジーが好きだって言ってたよね。僕も、そういうの結構好きだよ。特に、隠された真実とか、伝説につながりがあるような話に惹かれるんだ。」
お茶を淹れながら、彗はそう言った。
雫:「えっ、そうなんだ? なんか、意外。」
雫は、少し驚いた表情で彗を見つめた。
彗:「意外? どうして?」
彗は、少し不思議そうな顔をした。
雫:「だって、彗はいつも、クラスの中心にいて、明るくて…そういう、少しマニアックな趣味があるイメージじゃなかったから…」
彗は、ティーカップに温かいお茶を注ぎながら、少し寂しそうな笑顔を浮かべた。
彗:「みんなが僕に見ているのは、きっと、僕の一部分だけなんだと思う。本当は、もっと色々な僕がいるんだけど…なかなか、それをオープンに見せるのは、難しいんだ。」
彗の言葉に、雫はハッとした。いつも周りに人がいて、笑顔を絶やさない彗にも、人には見せない一面があるのだと気づかされた。
雫:「そう…なんだね…。」
雫は、そっとティーカップを手に取った。温かいお茶が、冷えた指先をじんわりと温めてくれる。
彗:「ここに来ると、そういう、誰にも見せない本当の自分に戻れる気がするんだ。誰にも邪魔されずに、好きな本を読んだり、空を眺めたり…」
彗は、窓の外の夕焼け空を見つめながら、遠い目をしている。その横顔には、普段の明るさの奥に隠された、少し憂いを帯びた表情が見えた。
その時、雫の頭の中に、思いがけなく一つのキャラクターが浮かんできた。それは、雫がずっと妄想の中で作り上げてきた、孤独を愛する本の虫のような少年だった。いつも図書館の隅にいて、誰も近づかないような陰鬱な物語ばかりを読んでいるような…。その少年の姿が、今の彗の雰囲気に、なぜか重なって見えた。
雫の心の声:(もしかしたら、彗も…本当は、一人で静かに過ごす時間が好きなのかも…。みんなに見せている笑顔の裏には、隠された孤独があるのかもしれない…)
彗は、ティーカップをテーブルに置き、雫の方を向いた。その瞳には、先ほどの憂いは消え、いつもの優しい光が戻っている。
彗:「ねぇ、雫は、一人で過ごす時間って好き?」
雫は、少し思いがけない質問に、少し戸惑いながらも、正直に答えた。
雫:「うん、好きだよ。一人で本を読んだり、アニメを見たり…誰にも邪魔されずに、自分の好きなことに没頭できる時間が、私にとって、すごく大切なんだ。」
彗は、雫の言葉を注意深く聞き、満足そうに頷いた。
彗:「やっぱり、そうだと思った。雫と話していると、そういうところが、僕と似ている気がするんだ。」
彗の言葉に、雫はドキッとした。まさか、自分と彗の間に、そんな共通点があるなんて、考えたこともなかった。
その時、小屋のドアが、コンコン、と丁寧にノックされた。
彗と雫は、顔を見合わせた。こんな時間に、誰が来るのだろう?
彗:「こんな時間に…誰だろう?」
少し警戒しながら、彗はドアを開けた。
ドアの向こうに立っていたのは、見慣れない少女だった。長い黒髪をきれいにまとめ、知的な瞳をした、少し冷たい印象の少女だ。彼女の服装は、周りの生徒たちとは少し異なり、どこかアーティスティックな雰囲気を漂わせている。
少女は、彗を見るなり、少し不安そうに口を開いた。
少女:「あの…彗先輩、いらっしゃいますか?」
彗は、思いがけない訪問者に、少し驚いた表情を浮かべた。
彗:「ああ、僕だけど…君は…?」
少女:「私、生徒会で書記をやっている、白石ユキと申します。少し急ぎの用がありまして…」
白石ユキと名乗る少女は、そっと彗の背後にいる雫に目を向け、少し訝しげな表情を浮かべた。
雫の心の声:(生徒会…書記…? こんな時間に、彗に何の用だろう…? そして、あの視線…なんだか、私を警戒しているみたい…)
彗は、少し困ったような笑顔を浮かべ、白石ユキに言った。
彗:「そうか、わかった。少しだけ待っててくれるかな?」
彗は、雫に視線を送ると、小さな声で囁いた。
彗:「ちょっとだけ、外で話してくるね。」
雫は、何も言わずに、ただ静かに頷いた。
彗は、白石ユキと共に、小屋の外へ出て行った。木製のドアが静かに閉じられる。小屋の中には、夕暮れの静けさと、雫の不安な気持ちだけが残された。
雫の心の声:(生徒会の書記…ユキさん…彗に、一体何の用があるんだろう? そして、あの時、私に向けられた、冷たいような視線…もしかして、彗にとって、私は…まずい存在なのかな…)
窓から見える夕焼け空は、先ほどよりも 色濃く深い色に染まっている。遠くの街の灯りは、夜の帳に輝き、夕暮れの静けさを さらに深めている。
雫は、一人残された秘密基地の中で、ティーカップをそっと握りしめながら、廊下の向こうで話しているであろう彗と白石ユキの姿を、不安に想像していた。彗の秘密の場所に現れた、思いがけない訪問者。その出会いが、二人の関係に、何らかの波紋を広げることになるのかもしれない。
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