キミが見えるその日まで

第一話

〇冒頭
モノローグ【私には、誰にも言えない秘密がある】
【それは『ある人』の顔だけがうまく認識できないこと】
桜の花びらが舞う中、ゆつぎの目の前に立つ制服姿の律。向かい合う二人。
【三年ぶりに戻ってきたこの街で、運命のように再会してしまった】
ゆっくりと顔を上げた律と、視線が交錯する。
【私の”見えない”――たったひとりの人と】

〇学校前・朝の登校風景
高校入学式の翌日。桜並木を歩く後ろ姿。
ゆつぎ(この道、懐かしいな…)
周りを見回しながら登校するゆつぎ。慣れない真新しい制服に少し緊張した面持ち。
ゆつぎ(本当に帰って来たんだな、この街に)

〇中学時代の回想
【私は三年前までこの街に住んでいた。でも中学一年のときに遭った交通事故がきっかけで――】
※横断歩道を渡っていて車が迫ってくる。
【ケガのリハビリのために、私は九州にある専門病院に転院した】
※入院中ベッドに横たわる姿、リハビリシーンなどの絵。
〇中学時代の回想終了

ゆつぎ(その生活も終わって、こうしてまた地元に戻ってきたんだよね)
桜の花びらが舞う中、だんだんと高校の校門が見えてくる。
新生活の始まりを予感していたとき。
律「久しぶりだな、ゆつぎ」
後ろから聞こえてきた声に、思わず足が止まる。ドキドキと心臓の音が早まる。
振り向くと背が高い男子生徒が。※長めの前髪でまだ顔は見えない。
ゆっくりと顔を上げて視線が交わる。
ゆつぎ(今の声……でも、まさかそんなはずない…)
※顔は見えているがゆつぎは『律』だと認識できないため困惑した表情
律「何だよ、たった三年で幼なじみの顔はもう忘れた?」
どこかぎこちないゆつぎの様子に、薄く笑みを向ける律。
――幼なじみ。
ゆつぎは目を見開く。
ゆつぎ「……もしかして、律くん…?」(どうしてこんなところに…もしかして同じ高校なの?)
律が一歩近づくと、思わず後ずさってしまう。
ゆつぎの様子に眉を寄せる律。
その表情にビクリと肩を震わせる。
ゆつぎ「私、もう行かないと…!」(……言えない、本当は律くんの顔が分からないなんて…)
ゆつぎが走り去って行く後ろ姿を、複雑な表情で見つめる律。
律「…なんでだよ」
※周りの登校中の生徒は人気者の律をちらちらと見ながら通り過ぎていく。

〇 一年の昇降口前・下校時間
ゆつぎが靴を履き替えて歩き出すと律が立っていた。
生徒1「え、あれ夏目先輩じゃない?」
生徒2「何でここにいるの?」
生徒3「あの子誰?」
ざわめきだす周囲の生徒たち。
ゆつぎ「……どうして、」
律「出てくるの待ってた」
騒がれ始めたことに律が気づいて溜息をつく。
律「こっち来て」
手を引かれて昇降口を出る。

〇誰もいない中庭に移動
律「なんで俺のこと避けんの?」
黙って俯くしかないゆつぎ。
律「こっち見ろよ」
ぐいっと腕を引かれ、無理やり向き合わされる。
ゆつぎ(この声を覚えてる。律くん、だと思う。でも――)
【律くんの顔がそこにあっても分からない、認識できない。それが苦しい…】
ゆつぎ「…別に、避けているわけじゃなくて」
見えている『その顔』から必死に目を逸らそうとする。
律「嘘つけ。じゃあ俺から言ってやる」
聞きたくないとばかりに首を振るゆつぎ。
律「お前、俺のこと忘れてるんだろ?」
バッと顔を上げると、律の怒ったような悲しそうな顔が。
律「今でも覚えてる。ゆつぎが事故に遭って見舞いに行った日のこと」
ゆつぎ(やめて、言わないで…)
ぎゅっと目をつぶる。
律「お前、俺の顔を見て『誰?』って言ったんだ」

〇中学時代の回想
病室に慌てたように律(中学生)が飛び込んでくる。
律「ゆつぎ、ケガは?大丈夫なのか!?」
ベッドに座るゆつぎに駆け寄ってくる律。
頭と右足に包帯を巻かれたゆつぎ。
ゆつぎ「……だれ?」
〇中学時代の回想終了

律「そのあと『もう来ないで』って言った。俺のことなんて忘れたみたいな顔で」
目を見開いて息をのむゆつぎ。
ゆつぎ「……忘れたわけじゃない」
震える声で呟く。
ゆつぎ「思い出せないの……律くんの顔だけが、どうしても分からないの」
律「どういうことだよそれ。俺が誰だか分からないってこと?」
冷静に聞き返す律。
ゆつぎ「他の人の顔は、ちゃんと分かるの。でも律くんの顔だけ…これが『律くんだ』って認識できないの。誰かって聞かれたら答えられない」
ここで律が初めて目を見開く。
ゆつぎ「……ごめんなさい」(こんなこと急に言われたって困るよね)
目を伏せる律。
律「俺のせい、だよな」
ゆつぎ「……え?」
律「事故にあった日、俺と出かける約束した日だろ」

〇中学時代回想
律「ゆつぎが見たいって言ってた映画、駅前の映画館でやるらしいけど一緒に行くか?」
ゆつぎ「ほんと?行きたい!」
律「じゃあ日曜、駅前で待ち合わせな」
〇中学時代回想終了

律「ずっと気になってた。事故のことも俺を避けるようになったのも、全部俺のせいなんじゃないかって」苦しげな顔
ゆつぎは首を振る。
ゆつぎ「違う!そうじゃないの。律くんのせいじゃない」
表情を変えずにじっと見つめる律。
ゆつぎ「律くん、手離して、」
律「嫌だ」
握った手にさらに力を込める。
律「俺、お前のことが好きだ……ずっと、ずっと前から」
ゆつぎ「……!」驚きで固まる。
律「お前にもう来ないでって言われて見舞いに行けなかった。気づいたら転院したあとでそれっきりになって、連絡もできなかった」
ゆつぎをまっすぐに見つめる視線の強さに、心臓が苦しくなる。
律「もう、あのときみたいに逃げない。逃がさない」

〇 自宅の洗面所・翌朝
鏡に映る自分の顔を見て溜息をつく。
寝不足で少し疲れた顔。
ゆつぎ(昨日あんまり眠れなかったし…)
律『俺、お前のことが好きだ……ずっと、ずっと前から』
告白されたシーンを思い出してしまい顔が赤くなる。
鏡の前で前髪を直していると、母親が声をかける。
ゆつぎ母「あら、その制服やっぱり可愛いわねぇ似合うじゃない」
ゆつぎ「ありがと。まだ慣れないけど」
ゆつぎ母「でもほんとに桜ヶ丘高校にして正解だったわよね〜。律くんママに相談して勧めてもらったの」
ゆつぎ「え、そうだったの…!?」
【私は九州にいたから地元の高校のことはあまり知らなくて、お母さんの勧めでいいなと思って受験したんだけど…】※高校のパンフレットを見ながら二人で話し合ってたシーンの絵。
ゆつぎ母「そうそう、律くんも通ってるって聞いて『それなら安心ね〜』なんて言ってたのよ」
ゆつぎ(そんな話全然聞いてない!)

〇回想
【そうだった。もともとお母さん同士が仲良しで、それで私たちも家族ぐるみでよく遊んでたんだよね】
※子どもの頃、ゆつぎ・律・ゆつぎ母・律母の四人で公園で遊ぶシーン、家でごはんを食べるシーンなどを挿入
〇回想終了

突然、家のインターホンが鳴る。
ゆつぎ母「誰かしら?こんな朝早くに……」
少しして「あらあらまぁまぁ!」という母の声が玄関から聞こえる。
ゆつぎ母「ほらゆつぎ!早く来なさい!」
ゆつぎ「え?何、どうしたの?」
戻ってきた母に、引っ張られるようにして連れて行かれる。
玄関には制服姿の律が立っていた。目を丸くするゆつぎ。
ゆつぎ母「ゆつぎのこと迎えに来てくれたんですって!やだもう、さらにイケメンになっちゃって!」キャッキャとはしゃぐゆつぎ母。
ゆつぎ(お母さんは律くんだって分かるんだ…当たり前だけど)
律「…どうも」
ゆつぎ母の勢いに、やや困惑気味に会釈する律。
ゆつぎ「どうしてここが…」
律「ゆつぎの家なら昔からよく来てただろ」
ゆつぎ母「そうよねえ懐かしいわあ」
※ゆつぎと母が九州にいる間は父がこの家に残って単身赴任状態だった。
「いってらっしゃーい」と見送られて、戸惑いながらも玄関を出るしかないゆつぎ。
ゆつぎ(何この展開?顔が分からないのに、心だけどんどん引っ張られていくみたい…)

〇通学路を並んで歩く二人。
朝の光の中、制服の裾が風で揺れている。
ゆつぎ「何で家に来たの…?」
沈黙に耐えきれなくなって切り出す。
律「何でって、昨日の話途中だったし」
前を向いたまま歩く律。
律「足のケガは?ずっとリハビリしてたんだよな」
ゆつぎ「うん、日常生活する分には全然問題ないよ。激しい運動とかはまだ止められてるけど」
律「……そうか」
そのとき、律がすごくゆっくり歩いていることに気づく。
ゆつぎ(もしかして、気を使ってくれてる…?)
目を伏せる律。
律「ゆつぎは、俺の顔が分かんないんだろ?」
その言葉に俯きそうになると、律が手を取って指を絡める。
律「なら、確かめたいことがある」
歩く足を止めてゆつぎを見下ろす。
律「幼稚園のとき、迷子になったお前を俺が見つけてやったことは?」
ゆつぎ「……?うん、覚えてる」
律「小二のときに木から落ちて、俺が背負って家まで帰ったことは?」
ゆつぎ「それも覚えてるよ」
律「小五だっけ?俺んちのポストにバレンタインチョコ入れようとしたら転んで『ぐちゃぐちゃになっちゃった〜』って大泣きしたやつ」
ゆつぎ「やめて、それ黒歴史だからっ!」恥ずかしそうに顔を背けるゆつぎ。
※それぞれのエピソードに一コマずつ挟む。
くすりと笑う律。
律「そっか…記憶はちゃんとあるんだな」
どこかホッとした表情。
律「だったら、いい方法がある」
ゆつぎ「いい方法……?」
律が真剣な目で見つめる。
律「つまりゆつぎが俺の顔を思い出すか、忘れられないくらい一緒にいればいいってことだろ?」
ゆつぎ「……え?」
思いがけない言葉にどきんと心臓が跳ねる。
律「これからはいつも隣りにいる。俺の顔を思い出すまでずっとそばにいてやるから」
律が綺麗な笑みを浮かべている。
【あぁ…そうか。今のこの声も、手の温度も、まっすぐな目も。きっと全部『律くん』なんだ】
胸がぎゅっと苦しくなるゆつぎ。
律は腕をぐっと引っ張って、顔がぐっと近づく。
律「そういうことだから覚悟しとけよ?」
ゆつぎ「っ、急に近い、びっくりするからっ!」
律「慣れとけ。これからもっと近くなるんだから」
ゆつぎ(ど、どういうこと…っ!?)
顔を赤くするゆつぎ。律は手をつないだまま引っ張るように歩きだす。
ゆつぎ「…っ、待って…!」
律の背中を追いかけながら、ぎゅっとこぶしを握る。
ゆつぎ(怖い。けど、もう逃げたくない…私、ちゃんと律くんのことが分かるように、見えるようになりたいから)
【こうして、"顔が分からない幼なじみ"と過ごす日々が、再び始まったのだった】
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