キミが見えるその日まで

第二話

○教室に向かう廊下(第一話最後からの続き)
二人揃っての登校。
ゆつぎ「ねえ、ここまででいいから……っ」
律「却下、昔から方向音痴だろ。何回探す羽目になったと思ってる」
ゆつぎ「もう迷子になんてならないし教室くらい自分で行けるよ!」
周囲の視線が気になるゆつぎと、まったく気にする様子のない律。結局教室前まで連れてこられてしまう。
律「D組だからここか」
ゆつぎ「うん…わざわざありがとう」(やっと着いた…)
教室の中から二人のやりとりを見ているクラスメイトたち。
律「またあとでな」
廊下を歩いていく後ろ姿を見送る。

〇教室内
ゆつぎが教室に入ると、ひそひそと交わされる声が聞こえてくる。
クラスメイト1「今のって……三年の夏目先輩じゃない?」
クラスメイト2「やば、かっこよすぎ……」
クラスメイト3「え、幼なじみなの?マジ?」
ちらちらとこちらをうかがう視線が、なんとなく居心地が悪い。
ゆつぎ(やっぱり律くんって有名人なんだ。でも入学して早々にこれはちょっと……)
軽くため息をついて席に座る。
紬希「ねえ、あなたの名前『ゆつぎ』っていうの?」
背後からぽん、と肩を叩かれる。
驚いて振り向くと明るい笑顔の女の子が立っていた。
ゆつぎ「う、うん。そうだけど…」
紬希「やっぱりそうなんだ!私、紬希(つむぎ)っていうのよ、三宅紬希(みやけつむぎ)!名前似てない?それでつい声かけちゃった!」
※三宅紬希:ゆつぎと同じクラス。明るくサバサバしていて物おじしない性格。
ゆつぎ「たしかに……似てるかも」
紬希「だよね〜?ね、ゆつぎって呼んでもいい?仲良くしよ?」
ゆつぎ「うん、よろしくね!」
ぱぁっと表情を輝かせる紬希につられて笑顔になる。
ゆつぎ(嬉しい。入学して初めての友達だ)

〇食堂前・昼休み
食堂は満席。食券売り場も長蛇の列。
紬希「あちゃー完全に出遅れちゃったかあ」
ゆつぎと紬希が列の最後尾に並ぶ。
紬希「ここの食堂やばくない?さっき聞いたら購買部も売り切れだって!」
ゆつぎ「えっ、そうなんだ!?」
どうしよう?お腹空いたねーと話しながら並んでいると「ゆつぎ」と声をかけられる。
すぐそばで立っている律。
「夏目先輩っ、本物だ」と呟く紬希。
ゆつぎ(あ、律くんなんだ…)思いっきり動揺。
律「この時間だと食堂の席はなかなか空かないと思うぞ」
ゆつぎ「こんなに混むなんて知らなくて…」
律「だろうと思って買っておいた」
目の前に差し出されたのは、購買部で買ったサンドイッチやパンが入ったビニール袋。
ゆつぎ(これ、私に…?)
受け取ろうとすると、ひょいっとかわされる。
律「食べたいなら、俺と一緒に来てくれる?」少し意地悪な顔
ゆつぎ「…え?」頭にたくさんのハテナマークが浮かぶ。
律「というわけで、こいつ借りてもいい?」
律が紬希に聞く。※紬希ビジョンでは背景にキラキラが飛んでいる
紬希「どうぞどうぞ!持っていっちゃってください!」
ゆつぎ「えぇっ!?ちょっと紬希ちゃん!?」
律「ありがとう。君の分もよかったら」
律が紬希にもパンの入った袋を差し出す。
紬希「えぇ私の分まで!?すみません、ありがとうございます!」
感激しまくりの紬希。
ゆつぎ(紬希ちゃん、すごいテンション上がってる…)
紬希「ほらゆつぎ、早く行きなよ!」
ゆつぎの背中をぐいぐい押す紬希。
ゆつぎ「ちょ、ちょっと…!」
じゃあね~とニコニコ手を振って見送られる。

〇非常階段
人気のない非常階段。一つ分の間隔を空けて、律の隣りに腰を下ろす。
ゆつぎ「この場所よく来るの?」
律「あぁ、あんまり人が来ないしちょうどいいから」
ゆつぎ(どこにいても視線が集まってるもんね)
律がほら、とビニール袋を差し出す。
「ありがとう…」(たった数十センチなのに、なんだかすごく近くてドキドキする)
律「緊張してる?」
ゆつぎ「してない…とは言い切れないかも」
律「そっか」
何気ないふうを装ってサンドイッチを食べ始める律。
ゆつぎも袋の中からサンドイッチを取り出す。
ゆつぎ(あっ、私の好きなメロンパンにミルクティーも入ってる)
ミルクティーのペットボトルやおしぼりなど。
ゆつぎ(全部さりげなくて気遣いのかたまりみたいな…)思わず律の横顔を見つめる。
律「中学のときもこうやって二人で食ったの覚えてる?中庭の隅でこっそりパン分け合ったの」
ゆつぎ(……あ、それ覚えてる)
ゆつぎ「うん、私お弁当忘れてどうしようってなってて…あのときも律くんが気づいてくれたんだよね」
律「また忘れてきたのかと思ったけど、今日は違ったな」
そう言って笑う律の横顔に、胸がきゅっとなる。
ゆつぎ(声とか思い出はあの頃と変わらないのに…)
律「また、こういうのしてもいい?」
ゆつぎ「え?」
律「秘密のランチ。二人だけの」
軽く首を傾げながら聞く律に、顔がほんのり赤くなる。
こくりと頷くゆつぎ。(この仕草は反則だよ…)
嬉しそうに微笑まれて思わず見惚れてしまい、ごまかすようにメロンパンを頬張る。
昼食を食べ終わった頃に予鈴が鳴る。
ゆつぎ「あの、律くん…!」
律が立ちあがろうとしたとき、ゆつぎが呼び止める。
律「何?」
不思議そうに振り向く律。
ゆつぎ「昨日…私を好きって言ってくれたことだけど、」
【自分の気持ちが分からない――でも、どんな答えにしても律くんの顔をちゃんと思い出してからじゃないと、ちゃんと伝えたことにならない気がする】
言葉にならなくてぎゅっと手を握る。
その様子を見て律はふっと微笑む。
律「返事は今すぐじゃなくていいから」
ゆつぎ「え…っ」
律「その代わり、放課後なんか予定ある?」
ゆつぎ「放課後?特にないけど…」
律「じゃあ一緒に帰ろう。図書室で待ってて」
ゆつぎ「い、一緒に?!」
思わず大きい声が出てしまう。
律「言っただろ?これからはいつも隣りにいるって」
いたずらっぽく笑いながら頭を軽くぽん、とされる。
律「忘れんなよ?」
ゆつぎ(こんなのずるい……)
顔が熱くなるのを見られたくなくて顔を背ける。
ゆつぎ(早く思い出したい――この人の顔を、ちゃんと)

〇図書室・放課後
待ち合わせをした図書室。帰る前にそれぞれ借りたい本を探すことに。
少し離れた本棚の前で本をめくっている律。
ゆつぎ(すごく綺麗な横顔…学校で騒がれるのも分かる)
その様子をちらっと伺う。
ゆつぎ(それなのに、どうして私は『律くん』だと認識できないんだろう…)
【実は一度、リハビリ病院で相談したことがある】

○回想
診察室で主治医に相談するシーン。
主治医「なるほどねぇ…でもそういうのは治療法があるわけではないからね。何かきっかけがあれば治るかもしれないし、ずっとこのままかもしれない」
カルテを見ながら話す主治医。
ゆつぎ「ずっとこのまま…」ショックを受けて俯く。
主治医「うん、だからあまり考えすぎないようにね。まずは足のほうをしっかり治していこう」励ますように笑う。
ゆつぎ「……はい」
○回想終了

律「……何?さっきから」
ゆつぎ「えっ!?」(見てるの気づかれた……?)
律の目線が、いつの間にか本からゆつぎに注がれている。
ゆつぎ「えーっと…ど、どういう本を読んでるのか気になって。ほら、昔は少年マンガばっかりだったから」
慌てて取り繕うと律が心外そうに眉をひそめる。
律「あれから何年経ったと思ってるんだよ」
ゆつぎ「それはそうなんだけど」
律「最近は幕末の歴史物とかそういうのよく読んでるけど、今日はこれ」
律が手に取っていた二冊の本。
それぞれ表紙を見せる。
ゆつぎ「『心理学入門』に『記憶の原理』?」
律「ゆつぎが俺の顔を思い出すのに役に立たないかと思って」
はっと顔を上げるゆつぎ。
律はパラパラとまた本をめくり始める。
ゆつぎ(そんなふうに考えてくれていたんだ)
驚きを隠せないゆつぎ。
律「なぁ、ちょっとだけ試してみる?」
パタンと本を閉じて、ふっと笑う律。
ゆつぎ「た、試すって何をっ…?」きょとんと首を傾げる。
律「本に書いてあったことの実践」
ゆつぎ「へ……?」
ぽかんとしているとどんどん距離を詰められる。
そのまま少しずつ追い詰められるように後ろに下がると、背中が本棚に当たる。
【目をそらしたくても動けない。まるで視線が縛られてしまったみたいに】
律「この距離でも、まだ分かんない?」
ゆつぎ(顔は見えてる。でもこれが『律くん』だっていう確信が、まだ……)
眼前に律の顔が迫る。
律「この本によると、記憶と触覚ってつながってるらしいから」
律の指が頬を撫で、そっと唇をなぞる。
ゆつぎ(ど、どういうこと!?それより顔が近い…っ!)恥ずかしさでパニック状態。
ドキドキしすぎて手が滑ってしまい、ゆつぎは抱えていた本を落としてしまう。
バサッ
ゆつぎ(あっ……)
司書「大丈夫ー?」
本が床に落ちる音に、カウンターの奥から司書の先生が声をかける。
律「はい大丈夫です」
本を拾い上げながら何事もなかったかのように返事をする。
律「じゃあそろそろ帰るか」
ゆつぎ(私の心臓は、全然大丈夫じゃないんですけど…!?)
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