キミが見えるその日まで

第八話

〇七夕祭り会場
人でごった返している神社の参道。
歩くたびにずっと誰かの肩や腕が当たる。
ゆつぎ「……すごい混んでるね」
予想以上の人出に驚くゆつぎ。
ゆつぎ(昔はもっと地元のお祭りって感じでこじんまりしてた気がするのに…)
木嶋「『ここの祭りで短冊を飾ると願いが叶う』って話がSNSで拡散されてさ、それで去年ぐらいから一気に人が増えたんだよな」
少し前を歩く木嶋が説明する。
参道の両端に立ち並ぶ屋台にも、たくさんの行列。
小さい子どもたちが笑い声を上げながら走り抜けていって、ゆつぎはぶつからないように慌てて避ける。
木嶋「ほら、一ノ瀬も行こうぜ。俺、腹減ったから焼きそば食いたい!」
ゆつぎ「あ、うん!」
木嶋くんが屋台を指さして先に歩いていく。
置いていかれないように、ゆつぎも小走りで追いかける。
※ゆつぎと木嶋がいろんな屋台で買い食いしたり、お祭り会場を巡るシーン。
時間が経つにつれて、参道の人混みはますますひどくなっていく。
ゆつぎ(……足、痛くなってきた)
足取りがゆっくりになり、右足を引きずるように歩く。
木嶋「お、射的だ懐かしー!なあ、次あれやりに行かない?」
ゆつぎの様子に気づかずに笑顔で振り向く木嶋。
ゆつぎ「あ……ごめん、ちょっと、足が痛くて」
その場に立ち止まって思わずしゃがみ込む。
浴衣の裾を気にしながら、片膝を抱えるようにして身体を丸める。
木嶋「マジで?でもここ人通りすごいし、立ち止まったら逆に迷惑になるぞ?」
ゆつぎ(……迷惑)
その言葉に、胸の奥がズキンと痛む。
【木嶋くんは中学が違ったから、私が事故に遭ったことを知らない。たぶん足が痛い理由を言ったら気を使わせてしまうかも…】
ゆつぎ「うんそうだよね、ごめん」
立ち上がろうとして、ぐっと足に力を込める。
でもうまく踏ん張れない。
ゆつぎ(どうしよう、限界かも――)
そのとき、ふわっと体が宙に浮く。
誰かに抱き上げられる感覚。
ゆつぎ(え……っ?)
※律がゆつぎを抱き上げている絵。
ゆつぎ(視線を上げるより先に胸の奥が震えた)
【顔を見なくても、声を聞かなくても分かった――この人は『律くん』だって】
ゆつぎ「……律くん…」
無意識に名前を呼んだ瞬間、涙が込み上げてくる。
木嶋「え、夏目先輩……?」驚いた顔。
律は無表情で木嶋を見下ろす。
律「こいつ、もう歩けないみたいだから」
それだけを言い残して、ゆつぎを抱き上げたまま歩き出しその場を後にする。
一人残された木嶋が人混みの中で小さくフェードアウト。

〇神社の参道
お姫様抱っこされながら、人混みの中を抜けていく。
ゆつぎは腕の中で律の顔を見上げる。
ゆつぎ(どうしてここに……)
言葉にしようとすると涙がこぼれそうで、ぎゅっと小さく律の服を握ることしかできない。
祭り客A「あれってもしかして夏目先輩じゃない?」
祭り客B「誰あの子……?」
周りのざわめきが耳に届いても、律は一切動じない。
律「……約束してた友達って、あいつ?」
ビクリと肩を震わせるゆつぎ。
ゆつぎ「……ごめんなさい、約束してるって言ったのは嘘」
律「嘘?」
律の目が一瞬だけ動く。
ゆつぎ「律くんがたくさんの先輩に誘われているのを見て、一緒に行きたいって言えなかった。お祭りも行くつもりはなかったんだけどたまたま木嶋くんに誘われて」
黙ったままの律に、居た堪れなくなって顔を伏せる。
ゆつぎ「私は…今もまだ顔を見ても『律くん』だって分からないままで……だから私なんかより――」(あの綺麗な先輩たちと行ったほうがいいんじゃないかって…)
律「……他の誰に誘われたとしても、ゆつぎとじゃなきゃ意味がない」
ゆつぎは、ハッとして律の顔を見上げる。
まっすぐで、どこか切ない目をした律と目が合う。
ゆつぎ(……律くん)
胸がぎゅっと締めつけられる。

○ 緑地公園(祭り会場)のベンチ
喧騒から少し離れた、公園脇のベンチに座る。
遠くからはまだ祭りのざわめきと太鼓の音。
自販機から買ったばかりのペットボトルを手に戻ってくる律。
律「ほら飲めよ」
ゆつぎ「……ありがとう」
キャップを開けて一口ごくりと喉を潤す。
律「足、痛む?」
律がゆつぎの足元にひざをついてしゃがむ。
ゆつぎ「少しだけ…でもちょっと休めば大丈夫だと思う」
律「ケガしたところか」
ゆつぎ「かもしれない。思ったより人も多くてバランス取るのに必死で…あと少し走ったのもあって」
律の顔が曇る。
律「これ預かってきたから履き替えろ。下駄よりはマシなはずだから」
紙袋からゆつぎ母から預かった靴を出して、ゆつぎの下駄を脱がそうと足を持つ。
ゆつぎ「待って、自分でできるから…!」
律「いいから」
下駄をそっと脱がせて、靴を履かせてくれる。
顔を赤くしつつその様子を見守るしかないゆつぎ。
ゆつぎ「……ありがとう来てくれて。すごく嬉しかった…」
浴衣の上でぎゅっと両手を握るゆつぎ。
律「当たり前だろ」
律は少しだけ微笑む。
二人の間を風が吹き抜ける。
律「どうする、そろそろ帰るか?」
律が立ちあがりながら聞く。
ゆつぎは木嶋の言葉を思い出す。
木嶋『ここの祭りで短冊を飾ると願いが叶うって話がSNSで拡散されてさ――』
ゆつぎ「あのね、短冊を書きにいきたいの」
律「短冊?」
ゆつぎ「うん」
ゆつぎが祭り会場の中心にある大きな笹の葉を指さす。
律は少しだけ目を見開いたあと、ふっと笑った。
律「じゃあ、行くか」

○ 大きな笹の葉の前
会場の中心には大きな笹の葉。すでにたくさんの短冊が飾られている。
二人も短冊とペンを手に取り、願いを書き始める。
そして書き終えた短冊をそれぞれ笹の葉に結び付ける。
ゆつぎ「願い事、何て書いたの?」
律「秘密」
ふっと笑う律。
律「叶ってもらわないと困るから。ゆつぎは?」
ゆつぎ「じゃあ私も秘密にしよっかな」
顔を見合わせて微笑む二人。
ゆつぎ「……お腹すいちゃった」
ふと漏らしたゆつぎの声に、律が振り返る。
律「なんか屋台行って買ってくるか?」
ゆつぎ「うん、りんご飴食べたいな」
律「ほら、手」
ゆつぎに向かって手を差し伸べる律。
少し迷って、その手を取るゆつぎ。
並んで歩く二人の後ろ姿。
二人が書いた短冊がそれぞれアップになる絵。
『好きな人の顔を思い出せますように 一ノ瀬ゆつぎ』
『好きな人が俺の顔を思い出してくれますように 夏目律』
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