空を織る
その日、
私は自宅近くの小さなスーパーで買い物をしたあと、暮れなずむ街を歩いていた。
陽の長くなった3月の空は、まだ透明感あふれるあおで、西の空はみかんいろに染まっていた。

ゆっくりと歩く私を、にぎやかな小学生の一団が追い越して行く。
みかんいろの中の、色とりどりのランドセル。赤、青、黒、紫、桃。
彼らの無邪気さに微笑みながら私はゆっくりと歩き続ける。荷物の重みと、コートの重みを愛おしく思いながら。
ねぇ、もう、笑えるようになったよ。
一人分の買い物にも、すっかり慣れた。

時折立ち止まって空を見上げながら、車通りの少ない道を一歩一歩大切に歩く。
空はどこまでも澄み、すべてを包みこむ。
それは、
いまだかつて見た事のない美しい織物のようだった。

透明な蒼の経(たて)糸に、白い緯(よこ)糸を通す。
時には綿飴細工のように、たなびく白い雲が入る。
経糸。
緯糸。
経糸。
緯糸。
どんなにこの世がつらい事ばかりであふれていても、空の織物はいつも、新しく織られる。
蒼に、橙、白。薄く紫や黒や桃などが混じる夕暮れ時に、感傷的になることがあったとしても、
空を見上げれば、今日も違う色の布が美しく広げられている。そのことに安心する。最近、気づいた。

古びた公営住宅の角を曲がると、田んぼが広がっている。
手つかずの雪が残る、白一面の美しい世界。
何もない空を飛べたら、と、思う。
しかし、
空を飛べたとしても、過去にも未来にも追いつけない。誰にも会えない。私はひとりだ。
私は、ふと、立ち止まった。

蒼の経糸。
橙の緯糸。
糸を、通す度に。
いとおし、いとおし。
懐かしいのは、当然だ -

糸通し、糸通し。
いとおし、いとおし。
この感情を失くす事なんて出来ないのだ。
私は、
涙でにじんだ空を、再び見上げる。涙の薄布で覆われた空を。
いつかあの空へ届くまで、私は人生と言う織物を地上で織り続けよう。
それが、私の愛。

「?」
不意に、
そのみかんいろの空を黄色い何かが横切り、
そして、
真白な田んぼに落っこちて来た -
私は目をしばたたかせ、落ちたものも目をしばたたかせる。
「ほ、星の、王子様!?」

「そう見える?」
ふわふわの黒い短い髪を持ったその細身で長身の若い男は、みじめにつぶれた黄色のパラシュートを真白の中にドレスのすそのように広げ、
仰向けに倒れたまま、
「とりあえず、手、貸して。起きられない」
そう、無愛想に私に言った -


2025.04.02
蒼井深可 Mika Aoi
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