泡沫ユートピア
「どぉしよぉぉぉぉ」
家に帰りついた途端、私はカバンを放り出してリビングのソファへ倒れ込み、毛布に頭まで包まって呻き声をあげた。
​いや、本当にどうしよう。
中学生の時に流れた不名誉な噂ほどじゃないにしろ、あらぬ噂が校内に広まっている時点で相当ヤバい。
これじゃあクラスで友達ができないどころか、学年全体から浮いて友達ゼロ記録を更新してしまう……! 頼みの綱の真依ちゃんは別のクラスだし、移動教室や休み時間くらいでしか話せない。
​それに加えて、来月にはあの宿泊学習が控えているのだ。
無理だよ。友達が一人の状態で一泊二日の集団生活なんて、私にはまだレベルが高すぎる……!
「で、何でめそめそしてる訳?」
部活で少し遅くなっていた悠くんが呆れたように見てくる。
「だって……噂流れてるの知ってる?」
「噂?」
怪訝(けげん)そうに眉をひそめる悠くん。
「私と蓮くんが付き合ってるっていう噂」
「はぁ?何でそんな噂が流れるんだよ」
「蓮くんが学校でも私に抱き着いたりしてるから……」
「あー……うん、想像ついたわ」
​腕を組み、目を(つむ)って何故か深々と納得するようにうんうんと頷いている悠くん。
納得しないでくれます?
「あれ?二人共どうしたの?そうだ、夜ご飯は期待しててね!」
スーパーの買い物袋を両手に下げた蓮くんが、パァッと明るい笑顔で帰宅した。
言葉の通り、なんだかかなり気合が入っている様子だ。
「蓮斗、学校で広まってる噂は知ってるか?」
「噂?知らないよ?」
「お前と未来が付き合ってるっている噂。誰が広めたのか分かんねぇが、大方お前が学校でも未来に抱き着きたりしてるから勘違いした生徒だろう」
「そっかぁ……ごめんね」
「それで、蓮斗は少し未来に抱き着いたりするのを自制しろ」
「う〜ん……そうだよね」
「友達たくさん作るって決めてるし!」
三角座りをして膝に顔をうずくまる。
そんな私の様子を見届けた蓮くんは、キッチンへと向かい夜ご飯の準備を始めた。トントン、と包丁がまな板を叩くリズム良い音がリビングに響く。
​しばらくすると、出汁の効いた食欲をそそる芳醇な香りが部屋いっぱいに漂ってきた。そういえば今日のお買い物、「頑張る」って言っていたっけ。
「噂が本当になれば良いのに……」
ぽつりと呟いた言葉は、私と悠くんの耳には届かなかった。
「今日って何かの記念日だったか?」
「さぁ……」
​食卓に並べられた豪勢な料理を前に、私と悠くんは思わず固まってしまった。
​炊き立てでふっくらと艶めく白ご飯に、醤油で上品に味付けされた温かいすまし汁。
主菜は身がほろほろと解けそうな白身魚の煮付けで、副菜には旬の野菜をあしらった彩り豊かな和え物と、芯までしっかりと味が染み込んでいるのが一目でわかる大根の煮物が添えられている。
​味だけでなく、器の選定から盛り付けといった見栄えに至るまで、洗練された美しい美意識が徹底されていた。
ここが一軒家のリビングだということを忘れ、高級料亭の個室に迷い込んだのかと錯覚してしまうほどだ。
​とりあえず、三人で声を合わせて「いただきます」と手を合わせた。
まずは湯気が立ち上るすまし汁を一口すする。
「……美味しい」
「良かった!」
出汁(だし)が違うのかな?繊細で上品なカツオの香りが口の中から鼻へ抜けていく。
白身魚の煮付けや和え物、煮物も全て、味は薄すぎず濃すぎない丁度良い味付けで、何だか食べているこっちまで格式高くなった心地にされる。
「蓮くんに負けた……」
「凄いな、これ。尊敬するよ」
「えへへ、二人に喜んでもらえて良かった〜」
「でも、何で急に豪勢な料理?」
「高校入学おめでとう会、引越しでバタバタしててちゃんと出来てなかったでしょ?」
蓮くんの笑顔が眩しい。そして優しい!!心の奥がジーンとする。
「何だそれ」
「あとはね、受験お疲れ様会も兼ねて!」
「蓮くん、ありがと〜」
「えへへ」
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