Lord of My Heart 〜呪われ伯爵の白い(はずだった)結婚〜
ピートは隣の談話室にある座り心地のよさそうな長椅子に腰を下ろし、ローナンは飲み物を取りにいくといって二人から離れた。
群集から頭一つ飛び出している義弟の後姿を見送ったオリヴィアは、急に少し不安になってきた。
すると、首筋のうしろがひやりとして、オリヴィアはびくりと振り返った。
冷たい氷のような表情をしたエドモンドがそびえるように立って、オリヴィアを見下ろしている。
まるで応接間に立っているのは彼とオリヴィアだけだとでも言いたげな表情で、次に何をしだすのか予想が付かなかった。
部屋の奥から陽気な楽団の音楽が聞こえはじめる。
「私たちの結婚を破棄するにあたって」
と、エドモンドは非情なほど低い声で唸るように言った。「あなたはいつか再婚をするのだろう。この中に目ぼしい相手がいるとしたら、あなたは自由だ」
オリヴィアはショックを受けて水色の瞳を大きく見開いた。
エドモンドの大きな身体は、オリヴィアを見つめることと呼吸をすること以外の動きを止めているようだった。
「私は……」
息を呑みながら、オリヴィアは震える声で答えた。「再婚なんてしません。あなたが私を捨てるなら、気難しい独身女になって実家に篭るか、修道院に入るつもりです」
「そんな馬鹿なことをする必要はない。この部屋にいる独身男性のほとんどが、喜んであなたを妻に迎えるだろう」
「だから何だって言うんですか? 私は嫌だわ」
反抗的に唇をとがらせたオリヴィアを見下ろして、エドモンドは理解不能の罵り言葉をいくつか口の中で呟いていた。
オリヴィアは一生懸命くじけそうになる自分を奮い立たせながら、彼に対峙するために爪先立ちした。
エドモンドのような男に歯向かうのは容易ではなかったが、はいそうですかと別の男を捜しにいくわけにはいかない。だって、すぐ隣に愛する人がいるのに、そんなことをするなんて馬鹿げている。
「あなたは後悔することになるだろう……」
脅すような口調で、エドモンドはオリヴィアに詰め寄った。
夫は腹立たしげだったが、オリヴィアに近寄る身のこなしはゆったりとしており、まるで彼女の周りに頑強な防御壁を築くような動きで腕を回してきた。
ぐっと抱き寄せられ、オリヴィアは再び息を呑んだ。
どくどくと熱い血流が身体をさかのぼるようだった。
そして、彼の身体も同じように興奮しているか、それ以上であることを、はっきりと感じた。
「あ、あなたこそ、後悔することになるかもしれないんだわ」
勇気をふりしぼって、オリヴィアは毅然とそう言い返した。
するとエドモンドの息は荒くなり、眉間には深い皺が寄って、今にも頭から湯気を噴くのではないかと思えるほどの怒りを燃えたぎらせているように見えた……。
「後悔ならもうとっくにしている。十分に。十分すぎるほどにだ、マダム」
エドモンドは言った。
外ではゆっくりと雨が降りはじめ、庭園に広がる木々を暗く湿らせたが、屋敷の中には隅々まで人が集まり賑やかに輝いていた。
舞踏会がはじまろうとしている。