どうも、結婚から7年放置された妻です
伯爵令嬢アルベルティーナの結婚は、わずか十歳の年に成立した。
「お母様が亡くなったあとにお父様が迎えた新しいお母様の中にあった、完璧な家族像の中に、わたしは存在しなかった模様で。どうやって体よく家から追い出すかを思案していたら、ちょうどよさそうな縁談話を見つけたようで。それでサルドネ王国の某家にお嫁に出されました」
「それは……なんていうか……」
相槌を打つ騎士装束を身に纏った青年が言葉を濁した。
「返事に困ってますね? ですが、ご心配なく。嫁ぎ先にやって来たわたしは、のんびりのほほんと平和に暮らすことができています」
「そうか。それはよかった」
補足を入れたら会話の相手、昨日知り合ったばかりの騎士、コルドはあからさまにホッと安堵する顔つきになった。
話はここからである。
アルベルティーナは、とっておきの内緒話を打ち明けるように言った。
「まあ……夫には結婚してから七年、一度も会ったことはありませんが」
「……は?」
コルドの目が点になった。
そう、この反応が見たかったのである。
彼とは昨日、王都に辿り着くまであと一日半という距離の街で出合った。
サルドネ王国と隣国で八年にも渡り続けられていた戦が停戦になり、戦地から引き揚げてくる騎士や兵士たちの姿が街道沿いで見かけることが普通の光景となっていた。
そんな中、アルベルティーナは三人の帰還兵に「国のために命がけで戦ってきた俺たちを慰めろ」と絡まれてしまったのだ。
ばあやを連れているとはいえ、女性二人では男性三人を相手にどうすることもできず困っていたところ、通りかかったコルドが助けてくれたのだ。
目的地が同じ王都であると知った彼は、女性二人では何かと不便だろうと、自身も王都への帰還の途中であるにもかかわらず、荷馬車に乗っていけと親切心を発揮した。
用心棒代わりにちょうどいいかも、と考えたアルベルティーナは王都まであと一日半という旅を彼らと共にすることになり、なんだかんだと打ち解け、そのついでに王都へ旅する理由を話し始めたというわけだ。
「政略結婚って、まあ……コルドの階級なら当たり前だと思うんですが」
「……そうかもしれないが」
その若さで将校階級なのだから、彼が貴族の縁者なのは間違いないだろう。
彼は砕けた話し方をするものの、所作や食事作法など、ふとした時の動作から品の良さが現れていたから。
「政略結婚でも妻を娶ったのに一度も会わないなどいうのは特殊すぎるぞ。どんな最低男だ」
彼はまるでアルベルティーナの代わりだと言わんばかりに憤慨する。
「夫には夫なりの事情があったんです」
「どんな事情だ?」
「詳しくは言えないのですが、わたしの嫁ぎ先は、サルドネ王国でも……まあ、そこそこ大きな家でして」
まさかの王家なのだが、さすがにこんなこと言えないので割愛だ。
「大きな家ってあるじゃないですか。色々と」
「……まあ、大きな家に生まれると、あるよな。色々と」
相槌を打つコルドの声は実感が込められている。
もしかして彼もそれなりに背負うもの、もしくは厄介ごとを抱えているのかもしれない。
「旦那様はわたしの四歳年上なんですけれど」
「十歳で結婚して七年経ったってことは、ベルは今十七歳か。その四歳年上の旦那ってことは……うわ、俺と同じ年だ」
「へえ。思わぬ共通点ですね」
肌のつや張り加減から、近い年ごろかなと見当をつけていたが、まさかまだ見ぬ夫と同じ年だったとは。不思議な縁だ。
「その大きな家に生まれた夫は、実家で兄嫁から命を狙われていまして」
「それは……」
コルドが何とも言えない表情になった。
重すぎる事情にどう返していいのか分からないのだろう。
「大きな家だからこそ、発生する跡継ぎ問題。これが厄介ですよねえ。兄嫁は、夫の弟の優秀さが怖かったんです。自分の生んだ息子を押しのけて、義理の弟が家を継いでしまうのではないかと。そう危惧したんです」
「大きな家というのは、どこも似たようなものなんだな」
妙に実感がこもった相槌が返ってきた。
彼もまた大きな家で家督争いに巻き込まれた経験があるのかもしれない。
やはり大きな家というのは色々と抱えているのだ。
そう、夫の生まれたサルドネ王家も例外ではなかった。
アルベルティーナの夫は、コンラードといい、サルドネの前の国王と後添えとして迎えた妃との間に生まれた第二王子であった。
「お母様が亡くなったあとにお父様が迎えた新しいお母様の中にあった、完璧な家族像の中に、わたしは存在しなかった模様で。どうやって体よく家から追い出すかを思案していたら、ちょうどよさそうな縁談話を見つけたようで。それでサルドネ王国の某家にお嫁に出されました」
「それは……なんていうか……」
相槌を打つ騎士装束を身に纏った青年が言葉を濁した。
「返事に困ってますね? ですが、ご心配なく。嫁ぎ先にやって来たわたしは、のんびりのほほんと平和に暮らすことができています」
「そうか。それはよかった」
補足を入れたら会話の相手、昨日知り合ったばかりの騎士、コルドはあからさまにホッと安堵する顔つきになった。
話はここからである。
アルベルティーナは、とっておきの内緒話を打ち明けるように言った。
「まあ……夫には結婚してから七年、一度も会ったことはありませんが」
「……は?」
コルドの目が点になった。
そう、この反応が見たかったのである。
彼とは昨日、王都に辿り着くまであと一日半という距離の街で出合った。
サルドネ王国と隣国で八年にも渡り続けられていた戦が停戦になり、戦地から引き揚げてくる騎士や兵士たちの姿が街道沿いで見かけることが普通の光景となっていた。
そんな中、アルベルティーナは三人の帰還兵に「国のために命がけで戦ってきた俺たちを慰めろ」と絡まれてしまったのだ。
ばあやを連れているとはいえ、女性二人では男性三人を相手にどうすることもできず困っていたところ、通りかかったコルドが助けてくれたのだ。
目的地が同じ王都であると知った彼は、女性二人では何かと不便だろうと、自身も王都への帰還の途中であるにもかかわらず、荷馬車に乗っていけと親切心を発揮した。
用心棒代わりにちょうどいいかも、と考えたアルベルティーナは王都まであと一日半という旅を彼らと共にすることになり、なんだかんだと打ち解け、そのついでに王都へ旅する理由を話し始めたというわけだ。
「政略結婚って、まあ……コルドの階級なら当たり前だと思うんですが」
「……そうかもしれないが」
その若さで将校階級なのだから、彼が貴族の縁者なのは間違いないだろう。
彼は砕けた話し方をするものの、所作や食事作法など、ふとした時の動作から品の良さが現れていたから。
「政略結婚でも妻を娶ったのに一度も会わないなどいうのは特殊すぎるぞ。どんな最低男だ」
彼はまるでアルベルティーナの代わりだと言わんばかりに憤慨する。
「夫には夫なりの事情があったんです」
「どんな事情だ?」
「詳しくは言えないのですが、わたしの嫁ぎ先は、サルドネ王国でも……まあ、そこそこ大きな家でして」
まさかの王家なのだが、さすがにこんなこと言えないので割愛だ。
「大きな家ってあるじゃないですか。色々と」
「……まあ、大きな家に生まれると、あるよな。色々と」
相槌を打つコルドの声は実感が込められている。
もしかして彼もそれなりに背負うもの、もしくは厄介ごとを抱えているのかもしれない。
「旦那様はわたしの四歳年上なんですけれど」
「十歳で結婚して七年経ったってことは、ベルは今十七歳か。その四歳年上の旦那ってことは……うわ、俺と同じ年だ」
「へえ。思わぬ共通点ですね」
肌のつや張り加減から、近い年ごろかなと見当をつけていたが、まさかまだ見ぬ夫と同じ年だったとは。不思議な縁だ。
「その大きな家に生まれた夫は、実家で兄嫁から命を狙われていまして」
「それは……」
コルドが何とも言えない表情になった。
重すぎる事情にどう返していいのか分からないのだろう。
「大きな家だからこそ、発生する跡継ぎ問題。これが厄介ですよねえ。兄嫁は、夫の弟の優秀さが怖かったんです。自分の生んだ息子を押しのけて、義理の弟が家を継いでしまうのではないかと。そう危惧したんです」
「大きな家というのは、どこも似たようなものなんだな」
妙に実感がこもった相槌が返ってきた。
彼もまた大きな家で家督争いに巻き込まれた経験があるのかもしれない。
やはり大きな家というのは色々と抱えているのだ。
そう、夫の生まれたサルドネ王家も例外ではなかった。
アルベルティーナの夫は、コンラードといい、サルドネの前の国王と後添えとして迎えた妃との間に生まれた第二王子であった。
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