どうも、結婚から7年放置された妻です
 広げられたのは、昔アルベルティーナが手ずから刺した四つ葉のクローバーの手巾。少し黄ばんでいるのは、彼がずっと身に着けていてくれたからだろう。

「前線に出発する前に、ドナシアンから届けられた。昔俺が留学の後見になった少女から戦地での無事を祈る贈りものだと言われたんだ」

 コンラードはドナシアンからさる名家の事情持ちの少女のサルドネ留学の後見役に就いてほしいと言われて書類に署名したそうだ。それがアルベルティーナとの結婚契約書だったというのだから笑えない。

「前線へ送られることが決まった時、俺は死んでもいいかなと考えていた。抵抗するのが馬鹿馬鹿しくなっていたんだ。その時にドナシアン経由で届けられた手巾を手にした時、少なくとも一人は俺の無事を願ってくれている人がいるんだって、心に光が射した」

 コンラードは懐かしそうに目を細めながら手巾に施された緑色のクローバーの刺繍に指を這わせた。
 どうしてだろう。アルベルティーナの心に触れられたような錯覚に陥って、胸がざわめいた。

「ありがとう。きみのおかげで自棄になって敵兵に突っ込んでいかずに済んだ」
「お役に立てたのなら……よかったです」
 彼が自暴自棄になっていたら停戦が遠のいていた。

「アルベルティーナ、きみのことを改めて知りたい。俺は昔のように無力ではない。きみを守る力を持っているつもりだ。味方もたくさんいる。だから、改めて俺の妻になってほしい」

「せっかく生き延びたのです。これからのことを考えたら、わたしよりも国内の有力貴族の身内の女性を娶られた方がいいと思うのです」

「俺のために身を引くというのならやめてくれ。俺はアルベルティーナがいい」

 真っ直ぐに彼の視線に射抜かれた。
 なんて言っていいのか分からなくなる。

 だって、彼はずっと苦労してきたのだ。
 その間、自分ときたら田舎の領地で命の危険もなくのんびり暮らしてきたというのに。

 にもかかわらず、何も与えられないアルベルティーナがこのまま彼の妻で居続けるなんて。

「わたし……仲のいい夫婦に憧れているんです。毎日手を繋いで散歩して、いってきますとおかえりなさいと言い合って、一緒に家庭菜園をやって。そういうの、コンラード様には似合わないじゃないですか。わたしも今更公爵夫人なんて似合いませんし」

 アルベルティーナは、ふいと横を向いた。
 これだけ言えば彼だって諦めてくれるだろう。

「分かった」

 よかった。住む世界が違うのだと理解してくれた。
 ほんの少し、胸の奥がつんとしたけれど、気付かない振りをする。

「手を繋いで散歩するのも、行き帰りの挨拶も、家庭菜園も全部やろう。俺だって今更公爵として社交場で愛想笑いなどしたくもない。諸々の交渉が済んだあとは、二人でロッシュヴァンの土地に引きこもってのんびり暮らそう」

「えっ⁉」

 アルベルティーナは目を丸くして、彼を見つめた。
 目の前でコンラードが目を細めた。

 視界の中にアルベルティーナが映っていることを認めた途端に、呼吸の仕方が分からなくなった。

「まずは挨拶からはじめようか。ただいま、アルベルティーナ」
「お……かえり……なさい。コンラード様」

 こちらを包み込むような優しい声に、ドキドキしながら返事をしたのだった。

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