ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に
第1章 初恋の記憶
 六月に入って、雨が多くなり、外遊びができない子どもたちの不満が幼稚園を覆っていた。

 それでも色とりどりの折り紙を配ると、子どもたちはキャッキャと騒いで工作に取り組み始めた。

 今日は、アジサイやカタツムリなど、六月の壁飾りを作る日だ。

「ミドリセンセー、みて。おはなできた!」

 ヒロキくんが、ちょっと歪んだ水色の折り紙を誇らしげに掲げる。

 翠は笑って頭を撫でた。

「アジサイ上手だね。じゃあ、さっそく紙に貼ろうか」

 テープの輪っかを作って床に広げた模造紙に貼っていると、ルナちゃんが小さな手で翠のエプロンを引っ張った。

「センセー、あげる」

 差し出されたのはハートの折り紙だ。

 ――うーん。

 うれしいけど、今は梅雨時の飾りを作る時間なんだけどな。

 それでも笑顔で受け取ると、ルナちゃんは正座した翠の膝に座って首を回して見上げてきた。

「センセーの、すきなひとだあれ?」

 突然の質問に、鼓動が跳ねる。

 子どもの純粋な目は、まるで心の奥まで見透かすレンズのようで翠の耳が熱くなる。

 頭に浮かんだのは、あの人の笑顔だった。

「うーん、約束した人がいるよ」

「やくそくってなあに?」

「結婚しようって指切りすること」

「ルナはね、パパとケッコンする」

「パパはママと仲良しでしょ」

「うん、でも、つぎはね、ルナとするの」

 まだよく分かってない年頃だから、こんな会話はしょっちゅうだけど、翠もあまり笑ってもいられない。

 なにしろ、二十七になる今まで、男性とおつきあいしたことがないのだ。

 そういう意味では、子どもと変わりない自分に引け目を感じてしまう。

 でも、それは幼い日のあの約束が今でも続いているからだ。

 ――いつになったら、迎えに来てくれるのかな。

 子どもたちに気づかれぬようにため息をつきながら、翠は二十年前のあの日を思い返していた。
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