ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に
「どうした、せっかくだから食べよう」

 ラグに腰掛けた蒼也に呼ばれて翠も顔の火照りをしずめながらテーブルについた。

 気がつけば、長い脚を無理矢理テーブルの下に収めていて、カニの標本みたいだ。

「あの、窮屈そうですけど、脚伸ばしてもこっちはスペースあるんで大丈夫ですよ」

「いつもこんな感じだよ」

「そうなんですか」

 ふふっと蒼也が笑みを浮かべる。

「ああ、いや、悠輝にはそんな気をつかわれたことなかったなって思ってさ。俺の方が場所を貸してやってたのにね。まあ、いいや、食べよう。いただきます」

「どうぞ、召し上がれ」

 さっそくパスタを口にした蒼也に翠はたずねた。

「味、どうですか?」

「うん、おいしいよ」

「ああ、良かった」

「これからは、いっぱいうまいものが食べられるな」

 頬が熱くなるのは唐辛子のせいじゃない。

「悠輝さんみたいには、レパートリーないですよ」と、翠は手で顔をあおいだ。

「あいつのはただの適当だからな」

「適当にあれだけできちゃうんですから、天才ですよ」

「うーん、悔しいけど、そうなるか」

 新妻の前で他人の料理を褒めていることに気づかない蒼也のことを、翠はむしろ微笑ましく思っていた。

「ん、どうした?」

「なんでもないです」

「気になるよ」

 じっと見つめられて翠は適当にはぐらかした。

「結婚して良かったなって思ったんです」

「そ、そうか」と、蒼也の耳が真っ赤に染まる。「俺も……うれしいぞ」

 ごまかしたつもりが思わず蒼也の本音を引き出してまた顔が熱くなる。

 翠は食べる手を止めて膝の上に置き、頭を下げた。

「これから、よろしくお願いします」

 蒼也も背筋を伸ばして頭を下げる。

「こちらこそ、末永くよろしく頼むよ」

 起き直って視線を合わせたとたん、二人とも吹き出してしまう。

「改まって言うと、照れくさいな」

「そうですね」

 和やかに食事を終えると、蒼也はカウンターに食器を運び、洗い始めた。

「私やりますよ。ここの生活にも慣れておきたいんで」

 そんな翠に蒼也は優しく微笑む。

「うまい料理をごちそうになったんだから、俺がやるって。先に風呂に入ってていいよ」

「じゃあ、用意してきますね」

 風呂はきれいに掃除されていて、スイッチを入れると、着替えを用意している間にできあがっていた。

 他人の家でお風呂に入るのは緊張する。

 ――しかも男の人の家で裸になるなんて。

 考えると固まってしまいそうになるので、無理に振り払って、旅先の宿だと思うことにした。

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