ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に
 二人の順番が来て、スーツケースにタグを付けてもらったときだった。

 蒼也のスマホに着信があった。

「ん、親父か。なんだ?」

 電話に出た蒼也の顔がみるみる変わっていく。

「ああ、うん、分かった。すぐ行く」

 電話を終えた蒼也は翠の腕を引いてカウンターを離れた。

「翠、大変だ。じいさん危篤だ。帰るぞ」

「えっ!? でも、荷物は」

「そんなもの後でいい」

 カウンターの係員さんがすべてを察して対応してくれた。

「御更木様、ご心配なく。あとはすべて私どもがいたしますので。貴重品だけお持ちになってどうぞお急ぎください」

「すみません。お任せします。翠、俺は先に行ってタクシーを捕まえてるから」

 人波を縫って駆けていく蒼也を、翠は悠輝と一緒に追いかけた。

 だが、ターミナル一階のタクシー乗り場には絶望的な光景が広がっていた。

 車は一台もなく、待っているお客さんの大行列ができていたのだ。

「僕の車で行こう」と、二人を手招きしながら悠輝が駆け出す。

 今度はその背中を追って駐車場へ向かう。

 ターミナルビルと駐車場の渡り廊下で、悠輝に追いついた蒼也が叫ぶ。

「悠輝、駐車券をよこせ」

「はいよ」と、逆向きのリレーで後ろ手に渡すと、悠輝は車を取りに行き、蒼也は事前精算機で支払手続きをした。

 精算が済んだところでSUVが車寄せに来て、二人が乗り込むと、タイヤを鳴らしながら発進し、すぐに高速道路へ入った。

 蒼也がしきりに拳で膝を叩いている。

「どうしたんだよ。昨日はまだしっかりしてたのに」

 車の速度が落ちて、運転している悠輝がため息をつく。

「だめだ、渋滞してる」

「なんとか間に合ってくれ」

 拳を握ったり広げたりしている蒼也の手に翠は自分の手を重ねた。

「大丈夫ですよ。きっと間に合います」

「ああ、そうだな。ありがとう」

 だが、願いとは反対に、分岐しても先の合流地点が渋滞していて、なかなか抜け出せない。

 運転席の悠輝が肩を落とす。

「だめだ、これじゃあ、どんなにパワフルな車だって役に立たないよ」

 蒼也は病室にいる父親とビデオ通話をつないだ。

 画面には幸之助が映っている。

 赤みのない肌は粉を吹いたように荒れ、目の色が薄めた麦茶みたいに透明だ。

「じいさん、しっかりしてくれ」

 返事どころか、反応がない。

 画面の向こうでは、スマホを幸之助の耳に押しつけていた。

「じいさん、聞こえるかい。蒼也だよ。今そっちに向かってるから。もう少し頑張ってくれよ。翠も一緒だからさ」

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