ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に
「そうなのか」と、蒼也がいきなり手を引いて歩き出す。

「ど、どこ行くんですか」

「俺たちは夫婦なんだから、俺の部屋に帰ろう。荷物は空港から戻ってきてるよ」

「そんなに引っ張らないでくださいよ」と、翠は反対の手で蒼也の袖を引いた。「もう逃げたりしませんから」

 速度を緩めたものの、蒼也は前を向いたままだ。

 翠は横に並んで歩いた。

「あのくらいの年頃って、理由とか考えずに、好きって言っちゃうんですよね」

「俺もそうだった」

「え?」

「幼い頃に俺が翠を好きになったのも、理由なんてなかったよ。ただ目の前にいる翠のことが好きで好きでたまらなかったんだ。俺には翠しかいないんだ。俺は翠じゃなきゃだめなんだ。だからずっと努力してきた。翠にふさわしい男になるために」

 街路樹の下で立ち止まった蒼也があらためて向き合う。

「こんな俺じゃだめか?」

「だめなわけないです」と、翠はまっすぐに蒼也を見上げた。「私だって蒼也さんじゃなきゃ、いやですよ」

 もう一度蒼也が手を引いて歩き出す。

「翠、君は俺の全てだ。誰にも渡さない、ずっと俺のそばにいてくれ」

「はい」

 ――ついていきます。

 高揚しているのか、蒼也の歩幅が広くなって、翠は駆け足になった。

 なんか、猟犬に引っ張られてるみたいなんだけど。

 もうちょっとゆっくり歩いてくれるといいのに。

「誰もいないところで続きをやるぞ」

 続き?

「俺たちは本物の夫婦なんだからな」と、顔を寄せてささやく。「俺に火をつけたらどうなるか。教えてやるよ」

 え、ちょ、そ、それって……な、何を教えてくれるんですか……って、まあ、アレですよね、あはは。

 でも、い、いきなりですか。

 うーん、でも、あの、心の準備とか……まあ、今までずっと準備する時間なんてありすぎたんですけどね。

 だから、こじれちゃったんだし。

 ええと、うん、まあ、いっか。

 ――あっ!

 全然良くない。

 私、コンビニもアウトな、くたくたTシャツだったんだっけ。

 ていうか、こんな格好ヒロキくんとお父さんに見られちゃったじゃない。

 幼稚園で会うのが恥ずかしい。

 おまけに、下着だって、せっかくそろえた新しいのじゃなくて、干してあったのそのまま適当に取って着たやつで、そろってもいないし。

 だめだめ、こんなの絶対見せられない……その中身なんて、もっと見せられないけど。

「実家に寄って着替えてきますね」

「服装なんてどうでもいいじゃないか。翠はそのままで素敵だよ」

「でも、お父さんにも、挨拶してこないと」

「ああ、まあ、それはそうだな」

 なんとか説得し、翠は実家においてあった学生時代のワンピースを引っ張り出して着替えを済ませ、迎えの車に乗り込んだ。

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