ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に
 そっと翠が目を閉じた時だった。

「ミドリセンセー」

 とっさに突き飛ばすように蒼也と間合いを開けて振り向くと、公園に入ってきた男の子が手を振りながらこちらへ駆けてくるところだった。

「ヒロキくん、こんにちは」と、翠も手を振り返した。

 以前蒼也が幼稚園に来たときに『オレのほうがつよーい!』と謎のアピールをしていた園児だ。

「あ、オレこのひとしってる」と、まぶしそうに蒼也を見上げて指さす。

「おーい、ヒロキ」と、後からヘロヘロになりながらお父さんが駆けてくる。「あ、これは翠先生でしたか。いつもお世話になってます。いやあ、子どもは元気で外に行きたいって言いますけど、暑くて大人はしんどいですよ……」

 膝に手をついて喘いでいるお父さんの横でヒロキくんがぴょんぴょん飛び跳ねる。

「ねえ、センセーあそぼ」

 つい横の蒼也と顔を見合わせてしまう。

「こら、先生は忙しいんだぞ」と、お父さんがたしなめるけど、ヒロキくんは納得しない。

「おじさんとデート?」

 おませさんに図星をつかれて焦る翠と、オジサンと呼ばれてあからさまに不機嫌になる蒼也を見上げながらお父さんがたずねた。

「えっと、こちらの方は?」

「夫の御更木です」と、蒼也がうなずくように頭を下げた。

「あ、先生、ご結婚なさってたんですか。全然知りませんでした」

「ええ、まあ、その……」

 しどろもどろの翠の脚にヒロキくんが絡みつく。

「えー、ミドリセンセー、オレとケッコンするんじゃないの」

 思わず笑ってしまったが、横の蒼也の目は地獄の番犬のようだった。

 とっさに翠ははぐらかした。

「ごめんね。先生もう結婚しちゃったの。明日からまた預かり保育が始まるから、幼稚園でいっぱい遊ぼうね」

「やくそくだよ」

「うん、はい、じゃあ、ゆびきり」

 翠が差し出した小指をひったくるようにヒロキくんが小指を絡めてくる。

「うーそついたーらイーチオークマーンエン」

「あらら、たいへん。じゃあ、絶対約束守らないとね」

 恐縮そうに頭を下げながらお父さんがヒロキくんの手を引いて去っていく。

 翠が手を振っていると、蒼也がつぶやいた。

「一億万って、一兆だよな」

 ――へ?

「あ、まあ、そうですね」

「ミサラギメディカルの時価総額は二百億円。ミサラギグループ全体でも六千億くらいか」

 え、何を張り合ってるんですか?

 蒼也はあくまでも真顔だ。

「翠はずいぶんモテるんだな」

「ヒロキくんは他の先生にもみんなあんなふうに言ってるんですよ」

 ケルベロスからは和らいでいるものの、目の奥が笑っていない。

「小さい子どもって、何の躊躇もなく抱きつくよな」

 ――もしかして、妬いてる?

「幼稚園にいると、毎日プロポーズされてますよ」

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