ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に

   ◇

 翠が仕事に出た後、自宅でメール処理や決裁事項の確認をおこなっていた蒼也のスマホが午後に入った途端、鳴り止まなくなった。

 さばききれないメッセージをいったん脇に置いて財務責任者からの電話に出る。

 彼は元々ミサラギグループの社員で、幸之助の下で経験を積んだ信頼できるベテランだ。

「何があったんですか?」

「決算情報の開示がきっかけで株価が急落しています」

 すぐに手元のタブレット画面に株式情報を表示させる。

 ――ストップ安?

 一日あたりの最大限度まで下落して売り注文が積み上がっている。

 モニターの赤い点滅が鼓動を追い立てる。

「マイルストーンの件は想定の範囲内なのに、過剰な反応ですよね」

「不適切な情報流出があったのではないかと噂が流れているせいで、トラブルを恐れた個人投資家がパニック売りを出しているようです」

「もちろん、噂されるような事実はありませんよね」

「通常のルールに則った開示ですし、決算への影響が軽微なのも事実です」

「なら静観するしかありませんね」

 電話を切ってもメッセージがひっきりなしに流れてくる。

 市場は市場に任せるのが原則だ。

 自社の株価の動きに関して声明を出すのは誘導になって、かえって不適切だ。

 その後も、取引終了時刻までにいくつかの国内投資家から確認の問い合わせはあったものの、蒼也が明快に疑惑を否定したことでそれ以上の抗議はなかった。

 しかし、SNSではミサラギメディカルのトピックがランク入りしていた。

《カリスマSが動いてるらしい》

《スガキ?》

《ヤツら何をつかんでるんだ?》

《第二弾あるかも》

《早く逃げろw》

 時間外取引でも買い手がいないまま十パーセント以上の下落を記録している。

《空売り祭りじゃん》

《明日も荒れるな》

《倒産?》

《さすがにそれはないっしょ》

 ――意図的な株価操作?

 海外の取引が始まる前に対応を協議する必要があるな。

 タブレットをカバンに放り込んで、財務責任者に電話をかける。

「とりあえず、今からそっちへ行きます。幹部を招集してください」

 書き置きを残して蒼也はオフィスに急いだ。

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