ベンチャーCEOの想い溢れる初恋婚 溺れるほどの一途なキスを君に
 翠はホテルカードのメッセージも表示して見せた。

 その途端、レイナは手をたたいて笑い出したが、周囲の注目を集めてしまい、自分の口に人差し指を立ててウィンクした。

「これは無理よ」

「どうしてですか?」

「だって私、日本語書けないもん」

 ――え?

「私って、アメリカ生まれだけど、両親が日本人だから家では日本語でしゃべってたのね。だから、会話は全然問題ないの。だけど、漢字の練習なんて、あんなメンドクサイのやったことないから、ひらがなを書くのもやっとかな。しゃべれるけど、読み書きは全然別の能力よ」

 そういえば、大学にいた帰国子女の子も、漢字の知識は小学生レベルで、実習のレポートとか書くのに困ってたっけ。

「それに、この筆記体もありえない。私こんなの書けないわよ。いちおう読めるけどね」

「え、そうなんですか」

「今時こんな古くさいの誰も使わないじゃない。日本でも全員が筆で文字を書いてるわけじゃないでしょ。アメリカじゃあ、学校でも使わないもん。紙に文字書かないから」

 それに、とレイナは写真の署名を拡大した。

「あなたは日本人だから多分気づいてないと思うんだけど、そもそも、私は《Leina》。RじゃなくてLなの」

「え、そうなんですか」

 両方発音されても、全然違いが分からない。

「ということはつまり、私と蒼也の関係を知っていて、だけどそれほど詳しくない立場の人間、スガキって男が偽造して全部仕組んだことでしょ」

「でたらめなんですね」

「おそらく、あらゆる手段であなたたち夫婦を揺さぶって利益をむさぼろうとしたんでしょ」

「でも、よかった」と、風船の空気が抜けるように安堵のため息が漏れる。「私、小さい頃に蒼也さんと初めて会って手を引かれたときに、『この人だ』って分かったんです。なんか理由とかそういうのは分からないんだけど、絶対にこの人だっていう確信はあったんです。なのに、疑っちゃったのがなんか悔しくて。信じたかったのに。自信をなくしちゃって……」

「えっと、そういうの、日本語では『のろけ』って言うんだっけ?」と、レイナが話に割って入る。「大丈夫、心配いらないわよ。あいつ、他の女の子なんて、《へのへのもへじ》にしか見えてないんだから」

 と、言ってから両手を合わせる。

「ああ、ごめんね。私、親との会話で日本語覚えたでしょ。だからボキャブラリーが昭和なのよ」

 張り詰めた緊張の糸が切れて翠の目から涙がこぼれ落ちた。

「ねえ、ミドリ」と、レイナが抱き寄せる。「私、あなたが好きよ。とてもピュアでかわいいもの。こんな素敵なミドリを泣かせる最低野郎にはオシオキしなくちゃね」

「蒼也さんは悪くないです」

「違うわよ」と、レイナが額をくっつける。「スガキ!」

 ああ、そっち……ですよね。

「まあ、不安にさせたことは蒼也にも反省させないとね」と、腕を伸ばして翠を見つめる。「冗談はおいといて、で、どうするの? 反撃するの?」

「はい」と、翠はしっかりとうなずいた。「私、許しませんから」

「なら、徹底的にやるわよ。いい作戦があるの」

 レイナが悪い笑顔を浮かべながら立ち上がる。

 翠も涙をぬぐって拳を握りしめた。

 ――蒼也さん。

 ちょっと内緒で冒険してきますね。

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