社長の推しは、地味メガネのわたしでした。
 Vチューバーの多くは、様々な理由から、顔をさらさず、バーチャルキャラクターとして活動している者が多い。私生活を知られたくない、中傷が怖い、そもそも顔をさらすのが恥ずかしいなど理由は様々だが、花音に限って言えば、彼女は実生活の自分を嫌っている節がある。つまりは、彼女こそ劣等感の塊なのだ。昔の俺のように。

 だからこそ、相手に寄り添う事ができる。

 不安、悲しみ、怒り、恐れ……。様々な負の感情に寄り添い、慰める。しかし、ただ慰めるだけなら誰だってできるだろう。それだけではない何かを花音は持っている。彼女と話すと、心が軽くなるのだ。

 花音が紡ぐ言葉の多くが、小さな希望に満ちている。少し頑張れば、手が届くのではないかと思える小さな希望。

 絶望している人間にとって、大きな希望は負担でしかない。手の届く目標を提示されてこそ、前へと、一歩を踏み出せる。その事を彼女は、知っているのだろう。だからこそ、様々な人の共感を生み、今なお『花音』のファンは増え続けている。『鏡レンナ』という実写がいるにも関わらずだ。

 華やかな世界で輝く『鏡レンナ』と、ファンに寄り添い癒しを与える『Vチューバー花音』

『鏡レンナ』は対外的であって、『花音』は素の自分ですと言われてしまえば、それまでだが。何かが違うような気がする。

 何年も追いかけている自分だからこそわかる、ほんのわずかな違和感。

 本当の『彼女』がわからない。

 そして、脳裏を過ぎる懸念事項。ファンが何よりも恐れている事態が起きるのではないかという予感。

『花音が消える』

 ここ半年で急速にささやかれ始めた引退説。それが、現実味を帯び始めているのは、今日の配信を聞いていてもわかる。

 非定期配信の回数が減り、徐々に声のトーンも元気がないものへと変わっていく。彼女を勇気づけることも、助けてあげることも出来ない。配信中の投げ銭や、販売されているグッズを買うことで、金銭的に彼女を援助することは出来ても、それ以外は何も出来ない。そもそも、数万人のファンを抱える花音には、金銭的な援助は全く必要ない。

 昔と違って……

 このまま何もしなければ、確実に『花音』は消えてしまう。焦燥感は日に日に増していった。
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