社長の推しは、地味メガネのわたしでした。

萎縮する心

 大通りを入り、洒落た店が立ち並ぶ裏路地を抜けた先、突如現れた煌びやかな建物を見つめ唖然としていた。

 真っ白な外壁に、黒の大理石調の門扉を構える店など、明らかにパーカーにジーパンで入っていいような場所ではない。しかも重厚な扉の前には、お仕着せ姿のドアマンが二人立っている。

 まさか、この建物に入れと言うのか!?

「社長!! 帰ります!」

「帰る!? ちょっと待て!」

 逃走を試みた私の腕を咄嗟に掴んだ社長に、最後の抵抗は封じられてしまう。しかし、このまま社長に従っていたら間違いなく目の前の豪奢な建物の中に連行される。

「社長、ご飯だって言ったじゃないですか! しかも個室の私でも行けるところって!」

「だから、清瀬でも行ける店だろうが!」

 すでに、『清瀬』と呼び捨てになっていることに気づくだけの心の余裕はない。頭の中は、逃げ道を探すことで、いっぱいいっぱいだ。

「どこが私でも行ける店ですか! こんな煌びやかな高級店。パーカー、ジーパンで入れる訳ない!」

「いいや、この店なら大丈夫だ!」

「何が大丈夫なんですか! 社長は蝶ネクタイに、スーツ姿ですから、そりゃ、入れるでしょうよ。もう、お一人でどうぞ!」

 掴まれた腕を振り払い、再度逃げようと試みる。しかし、踏み出した足は、それ以上前へと進まない。それどころか、掴まれた手を引かれ、社長の腕の中へと収まってしまう。
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