社長の推しは、地味メガネのわたしでした。
「そんな腐っていた俺に立ち直るキッカケを与えてくれたのが花音なんだよ。たまたまネットから流れて来た彼女の歌声に癒された。そして、彼女の言葉にね」

「……花音の言葉?」

「あぁ。『花音だって劣等感の塊だよ。でもそれでいいんじゃないかな。だって、人間だもん』ありきたりな言葉。なのになぜか心にストンっと落ちた。劣等感の塊だろうと、全てに絶望して無気力になっていようと、それでもイイんじゃないかと思えた。だから、前に進めたのだと思う。まぁ、自棄になったとも言えるか」

 そう言って笑う社長の顔は、晴れやかだった。

 想像を絶する環境の中、一筋射した希望の光が『花音』だった。そんな風に言われたような気がして胸が熱くなる。

 自分はなぜ『花音』を始めようと思った?

 叔父に勧められたからだったのか?

 確かにキッカケは、そうだったのかもしれない。ただ、どうして今まで『花音』を続けて来れたのか。

 ちっぽけな自分でも誰かを励まし、慰め、小さな希望を与える事が出来る。

 そんな想いがあったからこそ、妹の影としての存在に成り果てようとも続けて来た。

 社長の言葉が、大切な事を思い出させてくれた。

「誰しも大なり小なり劣等感を抱えて生きている。確かにそうかもしれませんね……。大切な事を思い出しました。俯いてばかりでは、つまらないですね」

「あぁ。一度きりの人生だからな」

「社長、荒療治! ありがとうございました。周りの目を気にするな。それを伝えたくて此処に連れて来てくださったんですよね」

「はは。案外、自分が気にしているだけで、周りはなんとも思っていないって、多いんだよな。その意味でも、この店はプロだ」

 晴れやかに笑う社長の顔を見つめ、鬱々とした心の内が晴れていく気がした。
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