社長の推しは、地味メガネのわたしでした。

逃避行

 狭い廊下を駆け抜ける私を、スタッフが何事かと振り返る。そんな様子に気をとめている余裕はない。

 とにかく、この場から離れたい。仄暗い目をしてこちらを睨む妹が、頭の中をクルクルと回り落ち着かない。

 この会場から、少しでも遠くに逃げれば、妹の呪縛から解放されるのだろうか?

 焦る気持ちのまま、廊下を走り抜け、目に入ったスタッフ通用口のドアノブをつかみ、その扉が何を意味するかも確認せず、外へと飛び出した。

 ワッと上がった歓声に、パシャパシャとたかれるフラッシュの光、それを見て気づいた。運が悪いことに、『鏡レンナ』の出待ちのファンでごった返す、スタッフ通用口へと飛び出していた。

 一人のファンが叫んだ『鏡レンナだ!』という声に、群衆が押し寄せてくる。

 以前の黒縁メガネの私であれば、誰も『鏡レンナ』と私を間違える事はなかっただろう。しかし、今の自分の格好は、動きやすいようにパーカーにジーパン姿だと言えども、淡いパステル調の上着に、細身のジーンズを合わせ、厚底のスニーカー姿だ。そこそこお洒落な格好をしている。しかも、トレードマークの黒縁メガネはなく、ストレートの黒髪はカールをかけ背に流している。目深に帽子を被っていたのも仇になった。美春と背格好も似ている私は、遠目に見れば、お忍び姿の『鏡レンナ』に見える事だろう。

 押し寄せる群衆に、恐怖が迫り上がる。

 周りを見回しても、逃げ道はない。混乱した私の頭には、出てきた扉に戻るという意識は消え去っていた。

 どうしよう……

「――清瀬! こっちだ」

 絶体絶命の危機に、頭は混乱し、身動きすら出来なくなった私に声がかかる。藁にも縋る思いで、声のした方へと顔を向けると、こちらに向かい手を差し出す社長が目に入り、駆け出していた。

「社長!!」

 彼の手を掴んだ瞬間引き寄せられ、私を抱き上げた社長が走り出す。その後、どうなったかはあまり覚えていない。気づいた時には、会場からだいぶ離れた裏路地についていた。
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