社長の推しは、地味メガネのわたしでした。
「――おい、大丈夫かよ?」
来訪を告げるチャイムの音に、相手を確認せずに扉を開けた事を後悔した。
「律季……、美春ならいない」
「知っている。穂花の会社の社長とデートだろ」
「ふふふ、鏡レンナのマネージャーのくせに、担当タレントのデートを容認だなんて……、スキャンダルになっても良いわけ?」
「別にいいんじゃねぇのか。一色グループの御曹司だろ。すっぱ抜かれても鏡レンナには得にしかならねぇよ」
「本当、相変わらず冷たいって言うか、何と言うか。利があれば何だって利用するのね」
「芸能関係なんて、そんなもんだろ」
ライバルを蹴落とし這い上がらねば淘汰されてしまう世界に身を置く者にとっては、律季の言葉は正しい。ただ、今の私にはそれを受け止めるだけの精神的余裕はなかった。
どうせ、美春にでも言われて私を監視にでも来たのだろう。
「それもそうね。所属タレントは人ではなく、商品ですもんね。それで律季は何をしに来たわけ? 美春にでも言われた。私が下手な行動を起こさないように見張っていてって。大丈夫よ、配信なんて取らないから」
「いいや、違う。美春は関係ない。穂花、お前最近ちゃんと食っているか?」
「えっ……」
「お前放っておくと、平気で何日も食わない事あるだろ。顔色も悪いし……」
スッと伸びた手に頬を撫でられ、反射的に払い除けていた。
こう言う所が、本当嫌い。
弱っている事を目敏く察知して手を差し伸べる。昔から変わらない律季の態度が益々私を追いつめているなんて、彼は気づきもしないのだろう。
「――大きなお世話よ! もう、帰って……」
律季の顔を見ているのも嫌で、俯くと瞳からあふれた涙がパタパタと床へと落ちる。
こんな自分見られたくない。
反射的に彼を扉の外へ押しやろうとして手を掴まれ、胸へと抱き込まれていた。
「離して! 帰って、帰ってよ!!」
「そんな状態の穂花置いて帰れる訳ないだろ。入るぞ」
無情にも、玄関扉がバタンと音をたて閉じられる。
「――もう……、帰って……」
「穂花――、どうして俺じゃ駄目なんだ?」
「……」
「なんでアイツなんだよ。ずっと、お前の側にいたのは俺じゃないか。穂花だって、俺の気持ち知っているだろ」
律季の気持ち……、何度も好きと言ってくれた。彼の好きが、兄妹愛ではないことくらい分かっている。ただ、彼の気持ちを受け入れる事だけは出来ない。受け入れてしまえば、今度こそ逃げられなくなると心が知っていたから。妹からも、律季からも、そして伊勢谷家からも。
両親が死に、妹と二人、伊勢谷家に引き取られ何不自由なく育てられた。なんの不満もない満たされた人生。赤の他人から見れば、幸せな人生だと言うだろう。しかし、私の心は悲鳴をあげていた。優しい叔父、叔母に迷惑をかける訳にはいかない。良い子の仮面を被り生きることが板につき、いつしか本当の自分がわからなくなる。人の顔色を伺い、自分の感情を殺して生きる。それが当たり前になればなるほど、心は死んでいった。自分を殺し生きることに、心はすでに限界を迎えていたのだ。
律季の想いを受け入れてしまえば、今度こそ逃げられなくなる。
心の中で鳴り響く警鐘が、彼の想いを受け入れる事を拒否した。最後の防衛本能だったのだろう。
「――無理よ。律季の想いには応えられない」
「くそっ――、なんで……アイツなんだよ。お前を変えたのが――」
「ごめん……、律季――」
痛いくらいに抱きしめられた腕の力が、さらに強まり息が出来ない。
「り、律季……、く、苦し……」
「――ずっと側にいた。穂花……、なんで応えてくれないんだよ……、なんで――」
その言葉を最後に、私の意識は暗転した。
来訪を告げるチャイムの音に、相手を確認せずに扉を開けた事を後悔した。
「律季……、美春ならいない」
「知っている。穂花の会社の社長とデートだろ」
「ふふふ、鏡レンナのマネージャーのくせに、担当タレントのデートを容認だなんて……、スキャンダルになっても良いわけ?」
「別にいいんじゃねぇのか。一色グループの御曹司だろ。すっぱ抜かれても鏡レンナには得にしかならねぇよ」
「本当、相変わらず冷たいって言うか、何と言うか。利があれば何だって利用するのね」
「芸能関係なんて、そんなもんだろ」
ライバルを蹴落とし這い上がらねば淘汰されてしまう世界に身を置く者にとっては、律季の言葉は正しい。ただ、今の私にはそれを受け止めるだけの精神的余裕はなかった。
どうせ、美春にでも言われて私を監視にでも来たのだろう。
「それもそうね。所属タレントは人ではなく、商品ですもんね。それで律季は何をしに来たわけ? 美春にでも言われた。私が下手な行動を起こさないように見張っていてって。大丈夫よ、配信なんて取らないから」
「いいや、違う。美春は関係ない。穂花、お前最近ちゃんと食っているか?」
「えっ……」
「お前放っておくと、平気で何日も食わない事あるだろ。顔色も悪いし……」
スッと伸びた手に頬を撫でられ、反射的に払い除けていた。
こう言う所が、本当嫌い。
弱っている事を目敏く察知して手を差し伸べる。昔から変わらない律季の態度が益々私を追いつめているなんて、彼は気づきもしないのだろう。
「――大きなお世話よ! もう、帰って……」
律季の顔を見ているのも嫌で、俯くと瞳からあふれた涙がパタパタと床へと落ちる。
こんな自分見られたくない。
反射的に彼を扉の外へ押しやろうとして手を掴まれ、胸へと抱き込まれていた。
「離して! 帰って、帰ってよ!!」
「そんな状態の穂花置いて帰れる訳ないだろ。入るぞ」
無情にも、玄関扉がバタンと音をたて閉じられる。
「――もう……、帰って……」
「穂花――、どうして俺じゃ駄目なんだ?」
「……」
「なんでアイツなんだよ。ずっと、お前の側にいたのは俺じゃないか。穂花だって、俺の気持ち知っているだろ」
律季の気持ち……、何度も好きと言ってくれた。彼の好きが、兄妹愛ではないことくらい分かっている。ただ、彼の気持ちを受け入れる事だけは出来ない。受け入れてしまえば、今度こそ逃げられなくなると心が知っていたから。妹からも、律季からも、そして伊勢谷家からも。
両親が死に、妹と二人、伊勢谷家に引き取られ何不自由なく育てられた。なんの不満もない満たされた人生。赤の他人から見れば、幸せな人生だと言うだろう。しかし、私の心は悲鳴をあげていた。優しい叔父、叔母に迷惑をかける訳にはいかない。良い子の仮面を被り生きることが板につき、いつしか本当の自分がわからなくなる。人の顔色を伺い、自分の感情を殺して生きる。それが当たり前になればなるほど、心は死んでいった。自分を殺し生きることに、心はすでに限界を迎えていたのだ。
律季の想いを受け入れてしまえば、今度こそ逃げられなくなる。
心の中で鳴り響く警鐘が、彼の想いを受け入れる事を拒否した。最後の防衛本能だったのだろう。
「――無理よ。律季の想いには応えられない」
「くそっ――、なんで……アイツなんだよ。お前を変えたのが――」
「ごめん……、律季――」
痛いくらいに抱きしめられた腕の力が、さらに強まり息が出来ない。
「り、律季……、く、苦し……」
「――ずっと側にいた。穂花……、なんで応えてくれないんだよ……、なんで――」
その言葉を最後に、私の意識は暗転した。