社長の推しは、地味メガネのわたしでした。
 リビングの扉を開け中へと入れば、ソファに腰掛け項垂れる律季の姿が目に入る。俯きこちらを見ようともしないが、私の存在には気づいているだろう。

「律季……」

 私の呼びかけに彼の肩が震える。

「――穂花、ごめん……」

 俯き震える声で告げられた謝罪の言葉が胸を痛ませる。いつもの余裕綽々の態度は鳴りを潜め、肩を落とし項垂れる律季の姿は、消えてしまいそうなほど儚く見える。

 こんな律季見たことない。

 彼を追いつめたのは私。心の内をさらけ出せず、自分の殻に閉じこもり逃げてばかりいた私の責任なのだ。

「律季――、私の話聞いてくれる? まぁ、嫌だって言われても話すけど」

 彼の様子を伺うが反応はない。ただ、話しを止める選択だけはない。律季が聞いていようがいまいが関係ない。

 弱い自分からの決別。もう、自分の気持ちを誤魔化さない。

「あのね、律季。私ね、ずっと辛かった。両親が死んで、伊勢谷家に引き取られてから今までずっと辛かったの。おじさんも、おばさんも、律季も優し過ぎるのよ。だから、何も言えなくなっちゃった。寂しさも、悲しみも、苦しみも、辛さも、怒りも……、負の感情を抱いても、それを表に出せば心配をかける。そんな事出来ない。だから、仮面を被った。内面を隠し、いい子の振りをする。そんな事をしていれば、心は壊れていく。そんな事にも気づかずに大人になってしまった」

 ずっと誰かに甘えたかったのだ。

 劣等感に支配され、いい子の仮面を被り内面を曝け出せなくなった弱い私を丸ごと受け入れ背中を押してくれる誰かをずっと待っていた。

『彼』の事を脳裏に思い浮かべるだけで心が温かくなる。それと同時に感じる胸の痛みは、『彼』が隣にいないからなのだろうか。

「ずっと待っていたんだと思う。私の背中を押してくれる誰かを。だから、律季の想いには応えられない」 

「――その誰かが、アイツなんだな……」

「うん、彼が好きなの。一色颯真さんが、好き」

「はは……、ははは…………」 

 泣き笑いのような声が、静かな部屋に響く。

「本当――、なんなんだよ。始めから、俺に望みなんてないじゃないか。赤の他人だったら希望があったのか? そんな事って……」

「ごめん、律季」

 フラッと立ち上がった律季が部屋を出て行く。

 これでよかったのだろうか? 

 そんな疑問が頭を過るが、前を向くと決めた。自分らしく生きる。そう決めたのだ。

 玄関扉が閉まる音を聴きながら、自室へと向かう。扉を開け室内へと入ると真っ直ぐにデスクトップが並べられた机へと向かい座ると、パソコンの電源を入れる。

 Vチューバー花音のマスコットキャラがユラユラと揺れる配信画面を見つめ、マイクのスイッチをオンにし、背筋を伸ばす。

 妹からは今夜の定期配信は休むように言われていた。ただ、もうそんな事は関係ない。

『鏡レンナ』の影武者としての私は今日で終わり。

「こんばんわ! 今夜はみんなに大切な話があります」

『花音』としての最後の配信が今始まろうとしていた。
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