社長の推しは、地味メガネのわたしでした。
『花音引退』の知らせを事務所から受けた美春は血相を変えて帰ってくる。ウキウキ顔で颯真さんとのデートへ行くと早朝に家を出た美春は昨日の『花音』の配信を知らない。

 今頃、律季から緊急の連絡が入っている頃かな。

 デート中に呼び出される美春の焦り顔を想像し、少しだけ胸がすく思いがした。

 ソファに深く腰かけ、両手に抱きしめたクッションに顔を埋める。

 ただ気掛かりもある。いやに静かなのだ。

 大々的に花音引退が報道されてしまったのだ。事務所から何らかのアクションがあってもおかしくはない。スマホの電源を切っているからといって、ここにも誰も来ないのは明らかにおかしい。

 何かイレギュラーな事件が起こったの?

 胸に去来した言いようのない不安を追い払うため、頭を振った時だった。玄関の鍵が開き、エントランスでバタバタという音がし、話し声が聞こえた。

 美春が帰ってきた?

 ソファから立ち上がると、早足で玄関へと向かいそこで見た光景に息を呑む。

「み、美春……、どうしたの?」

「どうしたも、こうしたもないわよ! 見てわからないの、怪我したのよ!!」

 律季の肩をかり帰宅した美春は、松葉杖をついている。そして、片足には包帯が巻かれていた。

「……どうして」

「全部、お姉ちゃんのせいよ!! なんなのよ、あの報道……」

 しゃがみ込み泣き出してしまった美春を見て、さらに頭は混乱していく。

 きっと美春が泣き崩れた原因は、花音引退報道の事だと思う。彼女と決着をつけるため、誰にも相談せずに昨夜の引退配信を取ったのだ。

 ただ、美春は足の怪我も私のせいだと言う。

 いったい何があったというの?

 泣きじゃくる美春に聞いても要領を得ないだろう。何か知っているなら――

「律季……、何があったの?」

 床に突っ伏し泣く美春に寄り添っていた律季に問いかける。

「暴漢に襲われたんだよ。たぶん昨日の穂花の配信が原因だ」

「うそ……、そんな――」

「お姉ちゃんが全部悪いのよ! 私を捨てて辞めるなんて絶対許さないんだから!!」

 憎悪も顕に、こちらを睨む美春の狂気を垣間見て心臓がバクバクと早鐘を打つ。

 私のせいで、美春に怪我をさせた。
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