警視正は彼女の心を逮捕する
 ……それでも『明けない夜はないんだ』と思った、六日目の朝。
 時計の針は朝の七時を指している。

「……おぎなぎゃ」

 うわ。
 声、すごいしわがれ声だし、鼻声だ。
 おまけに、泣きすぎて目はすごいことになっているし、頭はガンガンする。

「ジャワー借りよ」

 起きるの、しんどい。
 けれど、仕事に行かなくちゃ。

「失恋休暇っで、あればいいのに」

 ……修復を待っている美術品を思ったら。
 そんな制度があったとしても、私は使わないかもしれない。

「ふう」

 暖かいお湯を浴びていたら、体はスッキリした。
 不思議なことに、朝というだけで頭の中もしゃっきりしてくる。

『ヒナノ、難しいことは夜考えてはだめ。最悪の結末を思いついてしまうわ。考えるなら、朝よ』

 珍しく夫婦喧嘩をした師匠が、洟をぐすぐすさせながら言っていたっけ。

 確かに。
 朝日を浴びると、まずはご飯を食べようという気になる。食べれば、動けるだけの活力を得られる。
 私はのそのそとダイニングに向かった。

「ん?」

 美味しそうな食べ物の匂いに、私の鼻はひくついた。
 正直なお腹が、きゅるるる……と鳴る。 
 昨日の夜はこんな匂いしてなかった。
 ということは鷹士さんが帰ってきた? 
 
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