警視正は彼女の心を逮捕する
 そういえば、と気づく。

「……鷹士さんの家に連れてきてもらった晩、このソファに寝かせられていたっけ」

 思い出すと、たまらなくなってしまう。

 あの最悪の日。
 鷹士さんが手を差し伸べてくれなかったら、私はどうなっていただろう。

 治安のいい地域とはいえ、夜の公園に一人でいたそうだから。
 鷹士さんが来てくれるのが遅れていたら、なんらかの犯罪に巻き込まれていたかもしれない。

 ……自暴自棄になって、それこそ知らない男性に身を任せていたかもしれない。

「う」

 五日前に体感するはずだったはずの苦しみが今、襲ってくるのを感じる。

「うっ、う」

 しゃくりあげて、鷹士さんに聞かれてはいけないと、びくりとして。
 すぐに彼が不在であることを思い出す。

 家の中がしん……としていて、怖い。

「あ、あ、ア」

 鷹士さんが、噴き出そうとする黒い感情への防波堤になってくれたのだと、ようやく理解した。
 今日に限って、彼はそばにいてくれない。
 違う。
 いないから吹き出してきたんだ。

 寂しさがひたひたと寄せてきたと思ったら。
 振られた衝撃。
 勘違いしていた、いたたまれなさ。
 そんなものがどどっと襲ってきた。

「うう」

 悠真さんを失った私は、真っ暗な中で迷子になってしまった。
 縋りつきたくて、色々な所に手を伸ばしても、濃い闇だけがまとわりつく。
 辛い。苦しい。悲しい。

「うう……、う……」

 ここで泣いていてはだめだ、鷹士さんが帰ってきたときに迷惑をかけてしまう。

 ひっくひっくとしゃくりあげなら自分の部屋にいき、かけ布団を被った。

 気が緩んだせいか、堰を切ったように涙と感情が溢れだす。
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