ナマケモノの恋
その先輩の左腕は、右腕より極端に長かった。

先輩が、私を見つめている。
右のひじをテーブルにつき、ゆったりとした微笑みで。
丸い金ボタンが3つ並んだ紺色のブレザー、特進科を示す薄いブルーのカッターシャツ。
3年生を示すえんじ色のネクタイ。ブラウンのボトム。
外からの光を浴びて白いブラインドが、鉱石のようにあわく光っている昼休みの図書館。
勉強している生徒。本を選ぶ生徒。いちばん奥を隠れ家にしている生徒。
常にざわめきに包まれている私たちの学校生活の中で、唯一、静けさに満ちた場所。
入り口すぐに貸し出し用の機械とカウンターがあり、勉強や本を読むために使われる木のテーブルが並び、その脇にも背の低い書架、そして奥には背の高い書架が10並ぶ。
私は先輩の目の前の書架から今日読む本を選び、先輩は無言で私を見ている。
細めの目の上に、ふっくらとしたまぶたがそっと乗っている先輩の一重の琥珀色の目は、微笑むととてもおだやかな印象だ。身長が190センチを超える大柄なのに、笑った目を見ると小動物に見える。ハムスターとかモルモットみたいな。色白で。

左腕は、だらりと木のテーブルの上に乗せられている。右腕にくらべて20センチは長いその左腕を、先輩はいつも持て余しているようだった。短く切った髪は黒の中にわずかに茶色のハイライトが入るが、これは地毛らしい。うわさで聞いたのだが。
先輩はそのアイドルのような美貌と穏やかな物腰で、校内でとても人気がある。人気があると言う事は、当然、やっかみも多かった。
先輩はその太くだらりとした長い左腕のせいで『ナマケモノ』と呼ばれている。半分悪口・半分親しみだろう。
しかし、彼が『ナマケモノ』でない事は、いつも特進科の学年1位になっているからわかる。

私は普通科の白いカッターシャツを着て、2年生を示す深緑色のネクタイをしめ、ブラウンのプリーツスカートを履いたごく普通の生徒である。
細身で小さく顔がまんまるで、目が大きく、背中まである長い髪をひとつに結っている地味子。クラスメイトたちとはそれなりに仲良しで、
友だちもそこそこいる、どこにでもいるような一生徒である私を、なぜか、
このナマケモノ先輩はいたくお気に入りのようだった。
そして、
毎日、昼休みに私が人目を避けるように図書館に来るのを知っていて、いつの間にか先に来てのんびりと待っている。
先輩の笑顔は穏やかだけれど、このひとはほとんど声を出さない。
そして、

私が書架と書架の間に入ると、その長い左腕でするりと私を捕らえ、広い胸に抱き寄せてぎゅうっと抱きしめる。
まるで大型犬がお気に入りのぬいぐるみをぎゅうっと抱きしめるみたいに。
先輩の髪からはいつもヘアオイルらしい甘くてちょっとスパイシーなチャイみたいなにおいがする。先輩のにおいだなぁって思う。
私はこの静かで、とてもあたたかい先輩のことをいつの間にか -

先輩、いないよね?
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