私の世界に現れた年下くん
プロローグ
“お久しぶりです!元気にしてますか?”
片想い中の村井先輩にLINEを送ってから早3日。
一向に返事がない。
しかも既読無視。
これって完全に脈なしだよね…。
学校帰り、ガラガラの電車の中で、私、川原結月はため息をついた。
高校2年生になり、もうすぐ1ヶ月。
去年、委員会で仲良くなって、気づいたら好きになっていた、一個上の村井先輩。
でも私は委員会で話すのが精一杯で、なかなか先輩を誘えなくて。
半年ほど経ってようやく誘えた放課後デートは、最高に楽しかった。
前より距離が近づいて、いい感じだと思ってた。
なのに。
学年が変わって委員会が別々になった途端、顔を合わす機会すらなくなってしまうなんて…
「あははっ」
不意に楽しそうな声が聞こえて、顔を上げると、少し遠くにカップルらしき男女の姿が見えた。
私もあんな風に好きな人と過ごしたいだけなんだけどなぁ…
勇気出してLINEしたのに、なんで返事くれないの?
絶賛ネガティヴモードに入っていると、突然「わっ」という声と共に、近くで人影が動いた。
びくっとして目をやると、1人の制服姿の男の子が慌てた様子で、ちょうど開いたドアから電車を降りて行った。
寝過ごしちゃったのかな。
かわいそうに……ってあれ?
さっき男の子がいた座席に目が止まる。
無造作に置かれているスマホ。
もしかして、今降りた子のスマホじゃ…?
私は思わず立ち上がってスマホを手に取り、ホームへ降りた。
男の子はまだすぐそこにいて、急いで駆け寄る。
「あのっ」
私の声に反射的に振り返った男の子と目が合う。
「これ、あなたのじゃないですか?」
まん丸の目が私の手元に視線を移し、「あっ」と声を上げた。
「僕のです!」
「やっぱり。よかった」
はい、と手渡してホッとしたその時、プルルルル…と電車の発車音が鳴った。
「あ、やばい」
慌てて近くのドアから電車に飛び乗る。
ドアが閉まり始めたのを背中で感じると同時に、
「あ、あの!ありがとうございました!」
男の子が叫ぶ声が聞こえた。
振り向くと、閉まったドアの向こう側で、まっすぐに私を見つめる瞳と視線がぶつかった。
ペコッと頭を下げて返す間に、電車は動き出して、すぐに男の子は見えなくなってしまった。
「ふぅ、」
一連のことが竜巻のように過ぎて、心臓がバクバクしてる。
胸元を押さえて、ほっと自分を落ち着かせる。
あの男の子、すごいまっすぐな瞳してた。
綺麗に整えられた黒髪から覗く丸い瞳を思い出す。
電車のドアを挟んでても、なかなかの目力で、ちょっとドキッとしちゃった。
なんて、今の出来事を思い返してたら、手に持っていたスマホがブブッと震えた。
パッと見ると、
“久しぶり!返事できてなくてごめん、元気だよ!川原は元気?”
トクンと心臓が跳ねる。
先輩から返事きた!
嬉しくて舞い上がりそう。
よかった、もうこのまま返事こないかと思った。
えっと、どうしよう、なんて返そう。
スマホとにらめっこして、うーん、と考え出す。
頭の中が村井先輩でいっぱいになった私は、さっきの男の子のことを、いつのまにか忘れていた。
だから、再び私の前に現れるなんて、そんなこと思いもしてなかった。