乙女解剖学

100年経っても眠り続けて



 制服が可愛いから、という理由ただ一つで選んだ喫茶店のアルバイトは、いつだって暇で暇で仕方がなかった。

 個人経営のちいさなちいさな喫茶店。席数は10席程度で、お客さんは多くて数人程度だ。今日も20分前に常連のおじさんが退店してから、店の中は静まりかえっている。



「運命の人って、二人いるらしいですよ」



 いらなくなった伝票の切れ端で折り紙をして遊びながら、同じく隣で暇そうにしている先輩に声をかけた。先輩は瞬きをしながら返事をする。

 こんな小さい店で、ホールに二人もいらないだろうに。あたしたちはいつも時間を持て余して、どうでも良い会話ばかりを繰り広げる。



「どういうこと?」

「一人目は愛を失う辛さを教えてくれる人、二人目は不変の愛を教えてくれる人、だそうです」

「それ、一人目をわざわざ運命の人って言う必要ある? ぼく、元カノと別れたとき全員辛かったけど」



 苦笑いをする彼、佐野(さの)(あらし)先輩は、運命を信じるあたしを笑わない3人のうちの一人だった。近隣の大学に通う法学部の3年生で、この喫茶店には1年生のときから勤めているらしい。

 茶髪パーマをあまく揺らす先輩は、ほんの少しだけ、坂本くんに似てる。



「じゃあ、全員運命の人なんじゃないですか?」

「そんな軽薄な運命があってたまるかって」



 折り上がった鶴を先輩に見せる。じょうずだね、と言われたので、そのままカウンターに飾った。

 そのとき、入り口ドアに取り付けられたベルが、ちりん、と乾いた音を立てる。誰かが来たようだ。




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