乙女解剖学

毒の果実は吐き出されずに



 喫茶店アルバイトのお給料が入ったので、スマホのガラスフィルムを貼り替えた。そのうえ、思い切って百貨店の化粧品売り場で、高いアイシャドウを買ってみる。

 淡いピンクが好き。だけど、空蝉さんはそんなあたしのメイクを「似合わない」と言った。

 似合わないのは嫌だから、美容部員のお姉さんに勧められるがままに、すこし暗めのピンクブラウン系のパレットを選んだ。

 つくづくあたしには、芯がないと思った。これは自分がしたいお洒落じゃなくて、空蝉さんの気分を害さないための儀式だ。


 ……たかがスマホのフィルムを貼り替えて、瞼にのる色が少し変わったくらいで、何になるんだろう。

 こんなことをしたってあたしは結局あたしのままだし、あたしの価値は1ミリも変わらない。

 じゃあ、こんなことって意味あるのかな。ただ無駄にお金だけを消費している気がする。

 もう、空蝉さんから指摘された箇所を一つ一つ直していこうかしら。そうすれば、少なくとも彼を不快にさせることはなくなる?

 ……いや、あたしにそれができるだろうか。似合っていないと言われた髪型や服装を、どう直したらいいかわからないのだから、そんな消極的なやり方じゃ、いつまで経ってもダメなのかもしれない。




 駅の柱に寄りかかる。はあ、とため息をついてスマホを触っていると、「うらら〜」ととぼけたような声が降ってきた。

 顔をあげると、待ち合わせをしていた友人の姿がある。彼女は例の、彼氏との避妊に失敗して、大学生ながらに子どもを産むことを決めた、現在10週目の妊婦である。

 彼女は快活そうに笑う。



「お待たせえ。結構待った?」

「ううん、大丈夫。体調は平気なの?」

「最近は調子がいい日も多くなってきて。今日は大丈夫。何回もリスケしてもらってごめんねえ?」



 全然いいよ、と笑っておく。

 正直、妊娠した友人になんて声をかければいいのか、いまだにわかっていなかった。

 彼女だって、自分とは違うあたしに対して何か思うことはあるのだろう。だけどそれを擦り合わせる機会も能力もないから、あたしたちには少しずつ距離ができ始めている。


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