乙女解剖学

塔の上で抱く孤独



 3日後におれのこと忘れてなければ、連絡しておいで。と、そんなことを言いながら空蝉さんがあたしの部屋を去ったあの日から、もうじき2週間になる。

 送ったメッセージに既読はついたけれど、彼からの返信はなかった。いよいよ、何かを諦めなければならない境地に来てしまった気がする。

 心に空いた穴を埋めてくれるのは嵐先輩だったけど、そんな生活は生ぬるく、すぐに飽きて寂しさだけが募った。

 熱くて痛い恋愛をしている。だから、ぬるくてやさしい愛では物足りなかった。


 喫茶店のバイトをしても、空蝉さんがやってくることはない。

 常連のおじさんがいなくなれば、客足のない喫茶店には暴力的な静寂が訪れる。なぜこの店は潰れないのだろうかと、そんなことばかり考えていた。

 今日、嵐先輩は休みなので、お店にはあたしと、奥のお部屋で読書をするマスターのふたりだけだ。マスターは基本、何もせずに奥で読書をしていて、客足の少ない日はクローズ作業をあたしと嵐先輩に任せて自分はひとりで帰ってしまう。この店が潰れない理由はきっと、一生かけてもわからないのだろう。

 常連のお客さんが使っていたテーブルを片付けて、食器を洗っているときだった。ふいに、制服のポケットに入っているスマホが震えた気がした。

 一度手元の作業を終わらせて、濡れた手を丁寧に拭き取ってから、死角でスマホを取り出した。勤務中にスマホを触っていたからといって怒られはしないだろうけど、なんとなく後ろめたさがある。



〈これ、例の王子様?〉



 通知を確認すると、そんなメッセージがひとつ。送ってきたのは嵐先輩だった。画像も添付されている。

 通知画面では画像が確認できないので、そのままメッセージアプリに遷移する。ぱ、と画面いっぱいに表示されるのは、確かに知っている王子様だった。

 ……のだが。


 あたしの王子様が、知らないおばさんと、手を繋いでる。


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