一途な消防士は、初恋の妻を激愛で包み込む
「な、なんで火が……っ!」

 彼女は咄嗟に身の危険を感じたからか。
 トレイと菜箸を投げ捨て、後ろに下がったため無事だったが……。
 天井高くまで舞い上がった炎が店内に燃え移るのは、時間の問題に思える。

「消さなきゃ……っ!」

 私一人であれば消化器を探して火を消そうと試みるが、この場にはこうした時にどうすればいいのかまったく理解していない陽日さんがいる。

「み、水!」

 あの子を放っておいたらもっと酷い状態になるのは、目に見えていた。

「だ、駄目です!」

 私がスマートフォンを取り出して消防署に通報しようと試みていた間に、妹は蛇口を捻って水を出す。

 桶の中に貯めたそれを勢いよく炎にぶちまけたら、大変なことになる。
 慌てて陽日さんを止めたけれどーー間に合わない。

「離して!」

 右肩に触れた手を勢いよく振り払った妹は、そのまま桶の中に貯めた水を燃え盛る炎の中に向かって投げつけてしまった。

 ーー彼女なりに、火を消さなければと焦った結果の行動なのはわかっていたけれど。

 水を使っての消火は、悪手でしかない。
 炎の勢いは弱まるばかりか強まり、あっと言う間に目の前が火の海へ変化する。
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