シュガーラテ──命を救う腕に、甘えたくなる午後がある
雷鳴が遠ざかり、ようやく雨足が弱まってきたのは、夕方に差しかかった頃だった。

カフェリエールの2階に避難していたお客たちも、窓の外の様子を伺いながら、ようやく落ち着いた表情を見せ始めていた。

「……いけそうだね。今のうちに送っちゃおうか」

香奈衣がスマホで雨雲レーダーを確認しながら言った。

「店長、一人で大丈夫ですか?」

「平気。うちの車、四駆だし。舞香はここで待ってて。最後に送るから」

「……わかりました」

香奈衣は自家用車のキーを手に取り、一人ずつお客を乗せて送り届けていった。

水たまりの深くなった路面を慎重に走りながらも、どこか淡々と、しかし確実に“守る”ための判断を重ねていた。

香奈衣の車に揺られながら、舞香は雨で曇った窓を指先でなぞっていた。
道路の一部にはまだ水が溜まり、信号の消えている交差点もあった。

「ここまで来れば大丈夫そうね。……階段、滑らないようにね」

「はい、送ってくださってありがとうございました……」

香奈衣に深く頭を下げ、舞香はマンションの階段を上っていった。

手探りで鍵を開けてドアを開けた瞬間、冷たい空気と共に、静寂が舞い込む。

部屋の中は真っ暗だった。

(まだ……停電、続いてるんだ)

足元を確かめるようにしてブレーカーを確認するが、通電の兆しはない。

スマホのライトを点け、懐中電灯と非常用のランタンを引き出し、部屋の数カ所に置いた。
テーブルの上には、普段とは違う柔らかな明かりが灯る。

(こうしてみると……すごく静か)

キッチンの蛇口をひねると、水は出た。
けれどIHも冷蔵庫も、音一つ立てず沈黙していた。

テレビのリモコンを押しても反応はない。
ラジオも、スマホのアプリから確認するしかない状態だった。

舞香はカーテンを半分だけ開け、外の様子を伺う。
街灯も信号も点いておらず、近隣のマンションも真っ暗だった。

(まだ、停電エリアが広いんだ……)

そっとソファに腰を下ろし、スマホで災害情報を確認する。
SNSには、落雷による火災や浸水の情報が相次いで投稿されていた。

(もしかして、海斗さんも出動してる……)

その考えが浮かんだ瞬間、胸の奥に不安が広がる。

(大丈夫だよね。……無事に、戻ってきてくれるよね)

メッセージを打ちかけた指を止め、息を整える。

“今は、邪魔しない方がいい”

そう言い聞かせ、スマホを伏せた。

ほんのわずかな光の中、
舞香は膝を抱え、静かに時をやり過ごしていた。

風の音、遠くでまた雷が鳴る。

でも――

その胸の奥には、信じる気持ちが、小さく強く、灯っていた。
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