カラフル
 転入生。
 ああ、それだ。思い出した。

 今日は9月2週目の月曜日。2学期の始業式から1週間ほど遅れて、私たちのクラスに転入生がやって来る日らしい。だから、あの早起きの苦手な蘭がいつもより1時間も早く起きて、いそいそと身支度をしているわけだ。


「何がそんなに楽しみなんだか」

 共感できないまま、冷蔵庫の扉を開くと残っていた2個の卵を右手で掴む。


 今日のお弁当の分で使い切ってしまう。一昨日の夕食でオムライスを作ったから思ったよりも早く消費してしまった。

 帰りに卵を買いに行かないと、明日のお弁当は玉子焼き無しになってしまう。こんなことなら特売の水曜日にもう1パック買っておけばよかった。

 今日卵を買うなら、駅前のスーパーの方が安かっただろうか。
 そんなことを考えながら、ガラスボウルの中へ卵を割り入れる。


「凛は楽しみじゃないの?」

 蘭がカウンターキッチンの向こう側から、卵を溶いている私の手元を覗き込む。

「全然」

「全然って……凛に聞いたあたしが間違ってた」

「だって転入生なんて、ただ人が1人増えるだけじゃない」

「でもさぁ、すっごくかっこいいって噂だよ?」


 その噂が出回り始めたのは、2週間ほど前。夏休み後半の補講授業に参加していた時のことだ。

 誰かが偶然、転入の手続きのために職員室を訪れていた彼の姿を目撃したらしい。それからというもの、クラスの中はお祭り騒ぎだ。

 噂には尾ひれがつき、モデル級のイケメンらしい、親が社長でお金持ちらしい、だなんて無責任に広がっていくから恐ろしい。


 結局、今では誰が最初に目撃したのかも、何が真実なのかも分からなくなっていた。
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