歪んだ月が愛しくて3
言葉を閉ざした俺にカイは不満げな顔で再びストローを噛み出した。
「都合が悪くなるとだんまりとかガキかよ。一応あたしより年上なんだからもっとしっかりしなよ」
「ははっ、面目ない」
「思ってもないこと言わないで、白々しい。ああ、もうっ、何でシロって自分のことに関しては後ろ向きなの?それともハチ関連のことだから?それはそれでムカつくんだけど」
既にボロボロで原型を留めていないストローをテーブルの上に捨てて、カイは直接グラスに口を付けて中身の液体を一気に流し込んだ。
「シロ、これだけは覚えといて」
そして空のグラスをテーブルに置いて口元を拭った後、俺の目を真っ直ぐに見てこう言った。
「シロがどれだけ自分を諦めてもあたしはシロを諦めないから」
真摯で真っ直ぐな言葉が胸の最奥にストンと落ちて来た。
「アイツ等も相当諦め悪いからね。まあ、シロは分かってると思うけど覚悟しといた方がいいよ。ああ、それと必要とあらばハチにも言うから」
「っ、それは…」
「嫌だなんて受け付けない。どうせヤエとナツにはもう接触したんでしょう?あの2人って職業柄情報通だし戦力としても十分だからシロも重宝するよね。それに関してとやかく言うつもりはないし好きなだけコキ使ってやればいいと思うけど、シロの駒はあの2人だけじゃない。あたしもハクもハチもいるってことをちゃんと覚えといて。いつだって、どこにいたって飛んで来るから」
「カイ…」
「シロがあたし達のことを想って離れたようにあたし達だってシロのことを想ってる。だから皆必死こいてどうにかしてシロを繋ぎ止めようとガキみたいに駄々を捏ねてんだよ。それなのにシロが諦めてどうすんだよ…。あたし達はどうすればいいんだよ…」
まるで親と逸れた迷子みたいだと思った。
普段の彼女からは想像も出来ない弱々しい声に思わず手を伸ばして彼女の頬に触れた。
「お願いだから、もうこれ以上あたし達を諦めないで…」
そう言って俺の手に頬を擦り寄せて目を伏せる彼女にどうしようもない罪悪感と愛しさが込み上げた。
(諦めないで欲しかったのは俺の方だ…)
こんな俺を必要としてくれる彼等に俺は一体何が出来るのだろうか。どうすれば彼等の想いに報いることが出来るのだろうか。
まるで先の見えない迷路のようだ。途方もない思考に陥っては身動きが取れずにそこから抜け出せないでいる。でも何もせずにこの場所で立ち止まっていたらこれまでの二の前だ。また同じ過ちを繰り返すことになる。
手放すべきではなかった。何が何でも彼等の手を放してはいけなかった、と自己嫌悪に陥りながらも再び彼等と共に歩んでもいいものなのかと最後の一歩を踏み出せずにいた。
「―――ん?」
ここは金牛区の中心街とは言え歓楽街から少し離れた場所にある某ファミリーレストラン。それもどこにでもあるチェーン店の。
まさかこんなところで知り合いに会うわけないと高を括って窓側の席に座ったのがいけなかったのか、それとも店内の気配に気を取られて外の警戒を怠ったのがいけなかったのか、今となっては考えても仕方ない。
とりあえず何が言いたいかと言うと、この時俺は自分の落ち度によって更に自分自身の首を絞めることとなったことにまるで気付いていなかった。
「あれは…」
「なーにボケッとしてんだよ。何か面白いモンでも見つけたわけ?」
「いや、さっきそこで知り合いに似てる顔を見掛けて…、まあこの時間だから人違いだろうけどな」
「へぇ、知り合いねぇ〜。それってどんな知り合いなわけ?」
「聖学の後輩ちゃん。お前だって聞いたことくらいあるだろう?特例で認められた転入生の話」
「ああ、そういやセフレの誰かが1年にイケメンが入って来たとか何とか言ってたな。見たことねぇけど」
「イケメン…、と言うより隠れ美人だなあれは。てかお前が言ってる方じゃなくてもう1人の方な。パッと見ガリ勉風の昭和眼鏡掛けてるうちの新人ちゃん。結構有名人だぜ?」
「生徒会の?知らねぇな。初耳だわ。何やらかして有名人になったんだよそのメガネちゃんは?」
「色々だよ。新歓でうちの王様と互角の勝負をするわ、聖学に不法侵入した不審者をちょちょいと撃退するわ、ヤクザ相手に怯むどころか返り討ちにしちゃうとかマジで規格外過ぎんだよそいつ。そのくせ妙に脆いって言うか放って置けないって言うか…」
「……なあ、そのメガネちゃんの名前は?何て言うの?」
「藤岡立夏だけど。それがどうした?」
「いや…、何て言うかお前の話聞いてたらスゲー興味湧いちゃってさ。その子についてもっと詳しく教えてくんない?」
「あ?まあいいけどよ…。オメーがあの族潰し以外に興味持つなんて珍しいな?―――キョウ」
「好奇心旺盛な性格なもんでね〜」
ケラケラと不快な笑みを浮かべて、男は連れと共に夜の街へと姿を消す。
この時、男の瞳に凶暴な光が宿っていたことにすれ違う人々は勿論のこと連れの男も誰1人気付いていなかった。


